図4-22 ひずみスキャニング法の概略図
図4-23 改良型ひずみスキャニング法で測定した応力分布
材料内部の残留応力分布を非破壊で測定することは、材料健全性を確保する上で重要となっています。また、加工精度が要求される電子素子基板の評価としても重要視されるようになってきました。このような応力測定には、放射光によるX線回折法を基本としたひずみスキャニング法が用いられています。私たちはこれを改良して、材料内部の局所領域の残留応力がより高精度で測定することができるようにしました。
残留応力の高精度局所領域測定には、高輝度、高強度、高エネルギーX線と、測定に寄与するX線束の発散角度が極めて小さい高精度な光学系の2つが必要です。まず、前者のX線を得るために大型放射光施設SPring-8のビームラインに、アンジュレータ(加速器の偏向電磁石間の直線部分に永久磁石のN及びS磁極をハーモニカのように上下交互に配置したもの)という挿入光源と、独自に開発した高エネルギー専用分光器を設置しました。また、X線束の発散角度が極めて小さい高精度な光学系を作るために、アナライザという単結晶素子を挿入しました(図4-22)。アナライザは単色X線を反射することができる許容角度範囲が非常に小さいので高精度測定には適していますが、分光することでX線強度が急激に減少するという問題がありました。従来のひずみスキャニング法ではビームラインの問題、アナライザの挿入ができないことから、ゲージ体積の短手方向の対角線の長さを0.2mm以下にすることができず、また測定されたデータは誤差も大きく、装置ゲージ体積を考慮した補正を必要としていました。本技術開発により、ゲージ体積の短手方向の対角線の長さを0.05 mmまで小さくしても測定可能であることを確認し、誤差も少なく、ほぼ補正を施す必要のないデータを得ることに成功しました。これらの工夫によって、従来は材料表面を除去しながら管球X線を用いて数日以上を要しなければ内部の残留応力を測定できなかったところが、本手法では、表面から数百μmの深さであれば10 μmの分解能で、試料表面に平行な応力成分の深さ依存性を数時間で得ることができるようになりました(図4-23)。
今回開発したひずみスキャニング法は、材料に照射するX線の面積を数百μm2の大きさにしても十分な信号強度を得ることができます。従来法でも表面部微小部の残留応力測定は行われていましたが、SPring-8の高エネルギー放射光X線を用いることで内部に発生したき裂先端部周りの応力測定が可能となりました。更に、高エネルギー集光技術の向上によりナノスケールでの応力測定も実現可能です。更に、ひずみスキャニング法における測定時間はわずかなので、外場(外力や熱など)を加えた状況下でのその場観察測定も可能となり、応力が伝播していく様子を観察することができます。
現在、私たちは本手法を原子炉停止の要因の1つである応力腐食割れの機構解明や、次世代原子炉のための材料開発、J-PARCで使用される水銀ターゲット容器の信頼性向上のための残留応力評価に適用しています。更に産学官連携による、ジェットタービンの高効率化のための遮熱コーティングや、固体酸化物型燃料電池などエネルギー問題と密接に関連した研究にも応用しています。