1-2 世界最高温で理想の高速炉燃料被覆管を試す

−高温・重照射したナノ酸化物分散強化型原子力材料の組織安定性評価−

図1-5 照射前後におけるODSフェライト鋼の微細組織

図1-5 照射前後におけるODSフェライト鋼の微細組織

高速実験炉「常陽」で照射する前と後のODSフェライト鋼 (MA957)の微細組織を比較し、メゾスケール(ミクロとマクロの中間)組織に及ぼす照射の影響を評価しました。この材料のメゾスケール組織は、照射前の高シンク(高転位)密度状態が酸化物によって安定化されているため、高温・重照射後も顕著な微細組織変化は生じませんでした。

 

図1-6 転位をピニング(拘束)する酸化物の組織写真と当該酸化物の元素分析結果

図1-6 転位をピニング(拘束)する酸化物の組織写真と当該酸化物の元素分析結果

メゾスケール組織の照射下安定性を維持・向上させている酸化物の効果を把握するため、ナノスケールレベルでの詳細な組織観察とナノサイズ酸化物の構成元素を調べました。照射下で転位をピニングするナノサイズ酸化物はYとTiで構成されている(FeとCrは母相の成分)ことが分かりました。

酸化物分散強化型(ODS:Oxide Dispersion Strengthened)フェライト鋼は、その名が示すとおり、熱的に安定した酸化物(主要なものとしてY2O3,Ti酸化物及びそれらの複合酸化物)を微細分散させることで高温強度特性を向上させた、耐スエリング特性に優れる原子力材料です。高速炉における燃料要素の高燃焼度化と熱効率の向上の達成には燃料被覆管の高性能化が必須であり、そのためODSフェライト鋼製燃料被覆管の開発を進めています。現在、高速炉実用化に向けて(1)商業規模での燃料被覆管製造技術の確立と、(2)原子炉炉心内で照射されたODSフェライト鋼の性能・特性を最終寿命目標とする高速中性子照射量(約5.0×1027n/m2)まで段階的に評価・確認していくことが、重要な開発課題とされています。

長期間を要す照射試験及び照射研究の課題に対しては、商用材(MA957)を用いた極限条件(高温・重照射)でこの種の材料の限界性能を実機材よりも先行して確認し、次いで、原子力機構独自の技術で開発したODSフェライト鋼製被覆管実機材の照射性能を実証する、という二段階のステップで実用化に必要なデータ取得を進めています。このたび、これまでに例のない高温領域で重照射したMA957の組織観察から、ODSフェライト鋼の組織が炉内環境下でも安定であることを明らかにし、製造段階の優れた高温強度特性は極限条件の照射下でも維持されている可能性が高いことを確認しました。

図1-5及び図1-6は、709℃で20.1×1026n/m2まで照射されたMA957の透過型電子顕微鏡像で、ODSフェライト鋼の高温・重照射した組織データとしては世界初の大変貴重なものです。図1-5は、強度特性に直接的影響を及ぼすメゾスケール(ミクロとマクロの中間)組織を照射前と後で比較しています。この組織写真からも、本鋼のメゾスケール組織は高温・重照射した後もほとんど変化せず、高い組織安定性を有し、優れた高温強度を重照射下も維持しうる可能性の高いことが分かりました。一方、図1-6は、フェライト母相にナノスケールで分散する酸化物が転位を拘束している様子(ピニング)を現した組織写真で、元素分析の結果から、これら酸化物の主要構成元素はYとTiであることが判明しました。これらの組織観察結果から、ODSフェライト鋼の組織が高温・重照射という過酷な環境下においても高い組織安定性を示す要因は、照射前の高シンク(高転位)密度状態が酸化物によって安定化されているためと考えています。

今後は、独自の技術開発で製造したODSフェライト鋼被覆管について、照射後物性試験や強度試験等を実施し、この被覆管の性能を評価・確認していく予定です。