12-2 気泡による材料損傷を気泡で抑制する

−気泡注入による損傷抑制効果の計算科学的検討−

図12-4 ガス気泡注入によって気泡の持つ破壊力を抑制する

図12-4 ガス気泡注入によって気泡の持つ破壊力を抑制する

急激な圧力変動を受けた水銀は裂け、小さな気泡を発生させます((a)の緑球)。この気泡は圧力変動に駆動されて急激に膨張(b)・収縮し、高速な液体ジェットを噴射することで材料損傷を引き起こします。この激しい運動を抑え込み、気泡の破壊力を封じ込めようとする試みが「ガス気泡注入」です((c)青球が注入ガス気泡)。

 

図12-5 ガス気泡注入なしの場合(青)とありの場合(赤)の気泡半径(d)と水銀中圧力変動(e)の時間発展

図12-5 ガス気泡注入なしの場合(青)とありの場合(赤)の気泡半径(d)と水銀中圧力変動(e)の時間発展

このシミュレーション結果から、ガス気泡の注入により、発生した気泡の激しい運動が抑え込まれること、そして水銀中に発生する負の圧力が減少することが分かりました。これらの計算結果は実験結果を良く再現するものです。

現在、私たちは高エネルギー加速器研究機構(KEK)との共同プロジェクトJ-PARCの一環として、MWクラスの陽子加速器と水銀を用いた強力な中性子源の開発を行っています。近い将来、この中性子源を用いて高温超伝導やDNAなどに関する先進的な研究が展開される予定です。

このビッグ・サイエンスの現場で今、1mmにも満たない小さな気泡が大きな問題を巻き起こしています。この施設では高速の陽子によって水銀原子核を壊すことで中性子ビームを得るのですが、このときに放出される膨大なエネルギーによって水銀中に激しい圧力変動が生じ、その結果、水銀が裂けて沢山の気泡が発生します。この気泡は小さいながらも強い破壊力を持ち、高速の液体ジェットを噴射して金属容器に材料損傷を与えます。中性子源の寿命を縮め、ビームの高出力化を妨げるこの問題を解決すべく、私たちは気泡の破壊力を封じ込める技術の開発を行っています。

その一つとして、私たちは水銀にあらかじめガス気泡を注入するという試みを行っています(図12-4)。この技術の確立のためには、水銀への気泡注入法の開発(トピックス14-5)や、注入気泡が持つ物理的効果の理解(本トピックス)など、多くの課題を乗り越える必要があります。私たちがこれまでに行ってきた実験的・理論的検討によって、この試みの実現性と有効性が徐々に明らかになってきました。図12-5に示したのは、水銀中に発生する気泡のふるまいを、注入したガス気泡との相互作用までを考慮した理論モデルによってシミュレーションした結果です。ガス気泡を注入しなかった場合(図12-5青線)には、発生した気泡はいったん急速に膨張し、その後急激に収縮します。このような激しい運動をする気泡は材料損傷を引き起こします。一方、ガス気泡を注入した場合の気泡挙動(図12-5赤線)はこれとは全く異なり、至って穏やかなものになります。

この計算結果を詳細に調べることで、この変化が気泡の運動を駆動する負の圧力がガス気泡によって減少させられたために起こったことが分かりました(図12-5(e))。この発見はガス気泡注入が持つ効果の知られざる一面を明らかにするものです。

本研究は科学研究費補助金・若手研究(B)「キャビテーション気泡群のための大規模シミュレータの開発および理論解析」の成果の一部です。