14-5 中性子発生ターゲット材の損傷低減のために

−水銀中に生成する気泡を可視化−

図14-9 気泡生成挙動の可視化

図14-9 気泡生成挙動の可視化

水中では、気泡がノズル先端から生成するのに対し、水銀中では、水銀の濡れ性が悪いために、気泡がノズルを取り囲むように生成することを高輝度X線による可視化により明らかにしました。

 

図14-10 濡れ性の測定と数値解析による気泡の生成挙動予測

図14-10 濡れ性の測定と数値解析による気泡の生成挙動予測

濡れ性を現すパラメータである液体とノズル材料の接触角qcを測定し、数値解析の入力値として用いることにより、数値解析結果は可視化結果を良く再現することを確認しました。

「J-PARC」の物質生命科学実験施設では、未だ世界に例のないMW級の核破砕パルス中性子源を用いた物質科学や生命科学分野における革新的研究が展開されます。大強度陽子ビームの入射標的として核破砕反応により中性子を発生するターゲット材には、熱除去の観点で有利な液体水銀を使用します。水銀ターゲットの耐久性の向上及び高出力化には、陽子ビームが水銀に入射されるときに生じる衝撃圧(圧力波)によりターゲット構造体に形成されるピッティング損傷の軽減が最大の課題です。ピッティング損傷を抑制するためには、その発生原因となる圧力波を低減する技術が不可欠です。私たちは、水銀中にヘリウムガス気泡を注入し、そのクッション効果により圧力波を低減する技術に着目しました。

数値解析を行ったところ、100μm程度の直径の非常に小さな気泡(微小気泡)を0.1vol%の割合で水銀中に注入することにより、水銀中に発生する圧力波を半分以下に低減できると予想されました。なお、微小気泡注入によるピッティング損傷の抑制機構については、システム計算科学センターと協力して検討を進めています。

私たちは、水銀中に微小気泡を注入する技術を開発するために、水銀中での気泡の生成挙動を把握することを目的として、不透明である水銀中での微小気泡の生成挙動をX線を用いて可視化することを試みました。水銀はX線の吸収率が高いために、鮮明に可視化することが困難ですが、SPring-8の高強度X線を用いること及び可視化する水銀の厚さを最適化することで、X線の透過量を増やし、不透明な水銀中の気泡の成長挙動を可視化することに成功しました。図14-9に細いノズル(内径100μm,外径200μm)から静止水銀中へ、ヘリウムガスを注入した際の気泡の生成挙動を、水中での場合と比較して示します。水中ではノズルの先端から気泡が生成しますが、水銀中では図14-10(a)に示すように、水銀の濡れ性が悪いことから、ヘリウムガスが水銀とノズルの界面に回り込み、気泡がノズルを取り囲むように生成することを明らかにしました。

一方、数値解析は、容易に可視化できない水銀中での気泡生成挙動を予測する有力な道具となります。図14-10(b)に数値解析結果を示します。濡れ性を現すパラメータである接触角を考慮することで、実験結果が良く再現されることを確認しました。また、実機水銀ターゲットでは、水銀は冷却のために流動していますので、水銀の流れが気泡をノズルから離すように作用して、気泡を微小化できることが期待できます。そこで、水銀流動条件下での気泡大きさを数値解析により調べた結果、可視化実験のように静止水銀では、発生する気泡径が3mmであったのに対し、水銀流速を1m/sとすることで、約500μmまで気泡を微小化して水銀中に注入できる見通しを得ました。

今後は、水銀流動下で生成気泡の大きさを実験的に確認し、並行して実機に適応可能な気泡注入装置の形状を検討・製作して、水銀ターゲットの耐久性向上を図ります。