図14-19 クラスター形状・電荷測定装置
図14-20 形状の弁別
表14-1 薄膜通過によりクラスターが解離した後のイオンの平均電荷と計算値
高崎量子応用研究所では、keV領域からGeV領域までのエネルギーの様々な種類のイオンビームを用いて、材料科学やバイオテクノロジーなどの研究を行っています。これらの研究で、目的に応じたイオン,エネルギー,試料の効果的な組合せや実験結果の考察のためには、入射イオンと標的となる試料がどのように相互作用するのかを知ることが必要です。これは、歴史ある研究テーマで、現在では、入射ビームが単一イオン(原子のイオン)では実験結果をほぼ説明できる相互作用のモデルが確立されています。これに対して、原子が複数個集まった高速クラスターイオンビームを照射した場合、放出される二次荷電粒子量や照射欠陥量などで、これまでのモデルではうまく説明できない様々な現象が観測されました。そこで私たちは、高速クラスターイオンと標的との相互作用のモデル構築に資するため、クラスターイオンの構造に着目した実験を行いました。
クラスター特有の作用として、複数の原子がサブナノメーターの微小領域に同時に照射されることにより、物質通過中のクラスター構成原子がバラバラになった後もお互いに影響し合うことが考えられます。したがって、その空間分布が異なれば、その影響も異なることが予測されます。これを明らかにするために、炭素原子3個からなるクラスターイオンを用いて、影響の違いが現れると考えられる薄膜を通過させた後の各イオンの電荷を、3個の原子が直線に並んだ場合と三角形に並んだ場合に分けて測定することを試みました。これまでも、クラスターイオンが薄膜を通過した後の平均電荷の測定は行われていましたが、形を選別した測定は初めてでした。そのために、図14-19に示したクーロン爆発イメージング法に電荷弁別のための平行平板電極及びマイクロチャンネルプレートを組み合わせた実験装置を新たに開発しました。これにより、図14-20に示すようにクラスターの形とそれを構成しているイオンの電荷を同時に測定することができるようになりました。
この結果、表14-1に示すように、平均電荷は直線よりも三角形の方が小さく、また、直線状のクラスターの中央と両端では中央の方が小さいということを初めて見いだしました。この現象を理解するため新たなモデルとして、薄膜通過中にバラバラになった各イオンの外殻電子の結合エネルギーの計算で残りの二つのイオンが作る電場の作用を考慮し、更に、前方を走るイオンによる電場の変化が後方のイオンに作用する効果(ウエイク効果)などのクラスターに特有な相互作用を組み込み計算したところ、実験結果と定性的に一致しました(表14-1)。これらから、クラスターと標的との相互作用のメカニズムの一端を明らかにすることができました。