6-3 ミクロな視点でウラン・超ウラン酸化物の個性を探る

−NMR法による電子状態の微視的解明−

図6-6 UO2,NpO2及びPuO2で観測された酸素核NMRスペクトル
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図6-6 UO2,NpO2及びPuO2で観測された酸素核NMRスペクトル

横軸は酸素核位置にf電子が作る内部磁場の大きさ、縦軸の信号強度はその内部磁場を感じている酸素核の数に対応しています。

 

図6-7 NpO2で見つかった磁気八極子秩序

図6-7 NpO2で見つかった磁気八極子秩序

NpO2磁気八極子秩序。面心立方格子を組んだ各Npサイト上の太鼓状の形が電荷の分布を示し、赤と青の色の違いが上向きスピンと下向きスピンの状態の重みを示します。

物質の巨視的な性質を解明するには、その起源となる電子の微視的な性質を理解することが極めて重要です。私たちはこれまでNMR法という最先端の測定手法を駆使して、ウラン・超ウラン酸化物(AnO2:An=U,Np,Pu,Amなど)の電子状態の解明に取り組んできました。その結果、低温の電子状態について各物質の個性の違いが明らかになってきました。

図6-6はUO2,NpO2及びPuO2で観測された酸素核NMRスペクトルを示しています。スペクトルの形状が三つの酸化物で大きく違っていることが分かります。(a)のUO2のスペクトルは幅が非常に広く矩形をしています。これはUの持つ磁気双極子の反強磁性的秩序が出現していることを示しています。一方、(b)のNpO2ではスペクトルの幅は小さくなりますが、複雑な構造を持つようになります。このNpO2の低温の電子状態については、これまで長く謎とされてきましたが、今回、私たちは単結晶を用いて高精度のNMR測定を行うことにより、その起源が磁気八極子による新奇な秩序状態(図6-7)であることを明らかにしました。(c)のPuO2では、線幅の非常に狭いスペクトルが観測されています。これは6Kという低温でも大きな内部磁場が存在しない非磁性状態が実現していることを示しています。

本研究で対象としているAnO2は、すべて同じ蛍石型結晶構造を持つ絶縁体です。では、なぜこれほど多彩な磁気状態が生じるのでしょうか。その鍵は、物質中の局在したf電子の数と、それらのf電子が持つ多極子自由度の違いにあります。AnO2内のアクチノイドイオンはすべて+4価の電子配置を持っています。そのため各イオン当たりの局在f電子の数はUで2個、Npで3個、Puで4個と一つずつ増加していきます。一方、多極子自由度とは電子のスピンと軌道が強い相互作用によって生じるf電子特有の新しい自由度です。多極子には、双極子,四極子,八極子などが存在しますが、結局、低温でどの自由度が生き残るかは、結晶の対称性と局在f電子の数によって決まっているのです。元々結晶の対称性が高く、かつ複数個の局在f電子を持つAnO2は、多極子自由度がもたらす新しい物理現象を系統的に研究する格好の舞台を提供していると言えます。

AnO2についてはこれまで核燃料としての応用を中心に研究開発が行われてきました。しかし今回、電子物性の研究対象としても、最先端のテーマにかかわる重要な物質群であることが分かってきました。今後は更にAnO2についてのNMR実験を、東北大学との連携で進めていく予定です。