図7-9 再循環系配管を模擬した溶接熱影響部に生じた(a)粒界型SCCの様子、(b)溶接熱影響により生じたひずみ分布図及び(c)SCCが進展した粒界周囲のひずみ分布図
我が国の電力供給の基盤をなす軽水炉では、圧力バウンダリーである原子炉圧力容器の内張りや再循環系配管及び炉心を支えるシュラウドなどの重要な構造材料に、耐食性に優れたステンレス鋼やニッケル基合金が使われています。しかし、これらの構造材料は長期間使用されることで経年劣化を生じ、大きな変形を伴わずにき裂が進展する破壊現象である応力腐食割れ(SCC)がいろいろな箇所で発生しています。軽水炉の信頼性・安全性を向上させるためには、SCCの発生・進展を高い精度で予測することが重要です。現在、初期に建設された軽水炉は30年以上使用されており、今後その数は年々増えていくため、産官学による精力的な研究が行われています。
これまでの研究からSCC及び照射誘起応力腐食割れ(IASCC)は、マクロスケールでの特徴として、加工や照射により硬くなった材料ほど、そして付加荷重が大きいほど、き裂進展速度が速くなることが分かっています。一方、ミクロスケールの特徴としては、溶接熱影響や照射の影響により結晶粒界近傍で材料の化学組成が大きく変化すること(偏析)と欠陥が生成し硬くなること(硬化)が分かっています。そして、このようなミクロスケールの変化が大きい材料ほどマクロスケールのき裂進展速度が速くなる関係も得られています。しかし、これらの結果からだけでは、なぜき裂が粒界を進展し荷重が大きいほどき裂が進展しやすいのかは不明でした。
私たちは、ミクロとマクロをつなぐメソスケール領域でき裂進展挙動の研究を進め、電子線後方散乱回折法(EBSD)を用いてき裂が進展した粒界の粒界性格やこれまで不可能であったき裂周囲の変形挙動を詳細に測定する手法を開発しました。図7-9には、再循環系配管の溶接熱影響部模擬材に進展させたき裂とその周囲に発達した塑性ひずみの様子を示します。溶接熱影響により、結晶粒内に比べて粒界近傍に大きな塑性ひずみ(約15%)が発達していることを定量的に明らかにしました。また、粒界近傍でのひずみは、溶接部に近いほど大きくなることが分かりました。このような部位にSCCが発生した場合、き裂先端の結晶粒1個程度の狭い領域に応力集中により更に10%程度の塑性ひずみが生じることを新たに見つけました。これらのことから、溶接熱影響や加工などにより材料は硬くなりますが、特に粒界近傍では粒内より高い塑性ひずみが蓄積し、粒界近傍で塑性変形する余裕が低下するため、粒界の耐食性が低下しなくても粒界をき裂が進展しやすくなると考えられます。
本研究で開発した手法によりミクロとマクロをつなぐメソスケールでの材料評価が行えるようになり、材料損傷機構をマルチスケールで検討する道を開きました。今後は、SCC及びIASCCの機構解明に寄与し、原子炉構造材料の経年劣化の予測精度を向上させ、原子炉のさらなる信頼性・安全性の向上に貢献していきます。