図11-5 今回開発したレーザーシステムのブロック図
図11-6 圧縮後のパルス波形
高エネルギーイオンを発生させる機構のひとつに、高強度レーザーを物質の1点に集光する方法がありますが、私たちはこの方法で得られたイオンを用いて、がん治療用の小型粒子線治療器の研究開発を行っています。この方法の場合、レーザーの強度に比例して体表面から体深部(〜20cm)程度に存在するがん組織まで治療可能なエネルギーのイオンが生成されるため、また治療を10分程度で終わらせるためのイオン数を得るためには、非常に高強度なレーザー光を1秒間に100回程度(100Hz)で発生させることが要求されます。ところが、現在治療に適したイオン生成に必要な高強度レーザーは、大型(100m程度)で1日数ショットしかできず、現実的な治療が実施できるものではありません。これらは、レーザー媒質自身又は励起レーザー媒質の熱伝導率が悪いため高強度かつ高繰り返し化が制限されるためです。また、このような高強度レーザーは第一段増幅器には再生増幅器を用いた多段増幅を行っているため、ノイズ成分の影響で高エネルギーイオン生成を妨げるようなレーザー光品質になっていました。
この問題点を打開するために、波長940nmの高エネルギーで高繰り返し可能なレーザーダイオード(LD)でYbイオン注入結晶を直接励起して得られる波長1030nmのレーザーに注目し、この波長の高強度,高繰り返しレーザーの開発を進め、初期段階として、図11-5に示すような第一段増幅器に非線形光学結晶を用いた光パラメトリック(OPCPA)増幅器の開発に取り組みました。
その結果、結晶の合計全長56mmを用いて、増幅107(1000万)倍を達成しました。この時、出力6.5mJ,繰り返し10Hzのレーザー開発に成功しました。更に得られたレーザーをパルス圧縮した結果、図11-6に示すようにパルス幅230fsを達成しました。従来の方法で1000万倍の増幅を得る場合、増幅されるレーザーのパルス幅は、利得狭帯域化により、入射レーザーのパルス幅(本研究では200fs)の2.0倍程度以下になります。今回の結果は、従来の再生増幅器では実現できない値です。
今後は、LD励起増幅器で更なる増幅を行い、小型粒子線治療器に最適な全固体LD励起,高強度,繰り返し100Hzのレーザーを世界に先駆けて実現していく予定です。
本研究は、文部科学省科学技術振興調整費「『光医療産業バレー』拠点創出」の一環として浜松ホトニクス株式会社と共同で実施されました。