図13-24 マイクロPIXEとIL顕微分光の概略図と分析例
図13-25 エアロゾルの元素分布と化学状態分布の顕微イメージング例
自然界には、肉眼では見ることができないミクロな微粒子(エアロゾル)が大量に存在します。近年、有害な化学物質や微生物が一部のエアロゾル表面に固着し、大気中を広く拡散する現象が環境問題として関心を集めています。このような極めて小さな粒子の表面で起こる物質の固着機構を解明するためには、粒子の成分である元素の種類だけではなく、化合物や結晶といった化学状態についてその空間分布を取得する技術が求められています。
イオン照射研究施設(TIARA)では、マイクロPIXE(Particle-Induced X-ray Emission:粒子線誘起X線放出)システムを開発し、大きさが数μmから100μm程度の試料の個別分析に利用してきました。このシステムでは直径1μm以下のイオンマイクロビームで試料を走査しMgより重い元素から放出される特性X線を測ることで、試料の元素組成分布を高い空間分解能で取得できます。
一方、イオンビーム照射時には、内殻電離に伴う特性X線の放出に加え、外殻電子の励起に伴う発光(IL:Ion Luminescence:イオン誘起発光)が観測されます。特性X線と異なり、ILは原子・分子の結合状態の情報を含みます。私たちはこれに着目し、マイクロPIXEと同体系でILを顕微分光することで、元素組成と化学状態の同時分析を行うシステムを開発しました(図13 - 24)。IL 顕微分光は、イオンマイクロビームの走査によりμmスケールの領域から放出される可視光近傍(波長λ=200〜850 nm)の微弱なILを、大口径集光レンズを用いた高感度な顕微光学系で捉え、回折格子と電子冷却型光子計数装置により分光することで実現されました。
本技術を利用して、大気中から採取したエアロゾルを分析した結果、ケイ素,リン,カルシウムが主要元素であるとともに、その主要な化学種がリン酸カルシウム塩(CaPO4)ではなくケイ酸カルシウム塩(CaSiO3)であることが分布像から明らかになりました(図13 - 25)。このようにマイクロPIXEにIL 顕微分光を加えることで、数μm程度の微小試料について元素組成とその化学状態の分布を同時に分析・画像化することが可能となりました。
本研究は、平成23年度原子力機構研究開発調整財源萌芽研究及び平成24年度日本学術振興会科学研究費補助金(No.24710097)若手研究(B)「大気中でのエアロゾル表面解析を実現するイオン顕微分光法の開発」の成果の一部です。