図5-17 Ce K殻における放射光X線吸収分光により得られたCe(IV)の水溶液中における動径構造関数
図5-18 X線吸収分光及び分子軌道法により見いだされたCe(IV)の二核錯体の化学構造
水溶液中における四価セリウム(Ce(IV))の溶存錯体の化学構造を、大型放射光施設SPring-8 BL11XUの高輝度放射光X線を用いたX線分光実験と分子軌道法を組み合わせて解明しました。その結果、Ce(IV)の溶存錯体は、金属イオンに一般的な単核水和錯体ではなく、オキソ基/水酸基によって架橋されている特殊な二核錯体として存在していることを明らかにし、Ce(IV)による酸化還元に伴う水素,酸素発生のメカニズム解明に大きな貢献をもたらしました。
希土類元素のひとつであるセリウムは、希土類元素の中で唯一、溶液中において三価と四価の二つの酸化状態を安定的に取る元素として知られています。水溶液中におけるCe(IV)→Ce(III)還元反応に関する還元電位は約1.6 Vと非常に大きく、このため、Ce(IV)の水溶液は強力な酸化試薬として、人工光合成など水分子から水素・酸素ガスを生成する触媒反応における強力な酸化剤としてCe(IV)は用いられています。これまでに、Ce(IV)がどのような化学状態で水溶液中に存在しているかについての知見はほとんどなく、Ce(IV)による酸化・還元反応における反応機構については多くが未解明のままでした。
私たちは、Ce(IV)の水溶液を電気化学的に調整し、X線吸収分光実験を実施しました。そのX線吸収スペクトルの結果(図5- 17)では、Ce(IV)は、金属イオンが通常形成するような単核水和錯体(水和などを示すピーク,図5- 17(A)(B))のみではなく、金属間の相関を示すピーク(C)が確認できることから、オキソ基又は水酸基によって架橋された特異な二核錯体(図5- 18のDimer構造)として溶存していることを見いだしました。この結果は、分子軌道計算においても確認されました。
また、Dimer3のオキソ基/水酸基による架橋構造部位は化学的に非常に活性であることが分かり、この酸素が、触媒反応と考えられていた反応における酸素発生の原因になっていることが改めて示唆されたことから、大きな注目を集めることとなりました。これより、Ce(IV)水溶液が関係する水分子からの酸素発生メカニズムの解明に大きく貢献させることができました。
溶液中での存在状態は、様々な化学反応の反応機構を理解する上での根源的な知見であり、今後、関連分野に大きな影響を与える事が期待されます。
本研究成果は、英国化学会の論文誌 Dalton Transactions 41巻の表紙として取り上げられたとともに、英国化学会の一般化学情報誌 Chemistry World(電子版)において注目研究として取り上げられました。