7-2 音から磁気の流れをつくる

−音波と最先端のスピントロニクスを結ぶ新現象の発見−

図7-4 電子・電流・スピン流

図7-4 電子・電流・スピン流

(a) 電子の持つ電荷とスピンという二つの性質です。電荷の流れが電流を生み、スピンの流れがスピン流を生みます。(b) 素子内に電流を作り出すには、上向きスピンと下向きスピンの電子を同じ方向に流します。(c) 素子内にスピン流をつくるには、上向きスピンと下向きスピンの電子を逆方向に流します。

 

図7-5 音波によるスピン流生成実験

図7-5 音波によるスピン流生成実験

(d) 音波の注入によるスピン流生成実験に用いたスピン流素子の模式図です。(e) スピン流の生成プロセスを描いた模式図です。(f) 観測されたスピン流信号の音波周波数依存性で、圧電素子が大きく振動する時に大きな信号が得られます。挿入図は、圧電素子が特徴的な周波数で大きく振動することが分かります。

現代の情報社会は、高度なエレクトロニクス技術によって支えられています。これら電子デバイスの省電力化・小型化が求められる中で、スピントロニクスと呼ばれる新しい電子技術が大きな注目を集め、世界的規模で盛んに研究されています。私たちは、この最先端のスピントロニクスと、ありふれた音とを結びつける新しい現象を発見しました。

物質中に存在する電子には、電気の源としての電荷と、磁気の源としてのスピンという二つの側面があります(図7-4)。従来のエレクトロニクスは電荷の流れである電流を操作して発展してきましたが、スピンの流れであるスピン流を制御してエレクトロニクスにない革新的機能を作り出そうとするのが、スピントロニクスと呼ばれる技術です。スピントロニクスにはスピン流が不可欠ですが、物質中にスピン流を作り出すのはそれほど容易ではなく、スピン流の生成方法はこれまでごくわずかしか知られていませんでした。

このような中、私たちは音波を物質に注入するだけでスピン流を作り出せる新しい手法を発見しました。具体的には、図7-5に示すように磁石の表面に白金の電極を取り付けたスピン流素子を音波発生器である圧電素子上に取り付け、磁石に音波を注入しながら白金電極に発生するスピン流信号の精密測定を行いました。そして、圧電素子から特定の周波数の音波を発生させると、スピン流素子にスピン流が発生することを見いだしました。

スピン流素子の磁石の状態を電磁波によって変化させると素子にスピン流が生じることが知られており、スピンポンプ効果と呼ばれています。今回私たちは、電磁波のかわりに音波によって磁石の状態を変化させても同様のスピンポンプ効果が観測されることを、理論と実験の両面から明らかとしました。

音波は、デバイスの基板などに用いられるような、電気も通さず磁石でもない材料でも伝搬します。そのため今回開発した方法を用いることで、従来は基板にしか使われなかった材料からも電気・磁気エネルギーを取り出すことが可能となり、スピントロニクスデバイスの設計自由度の向上につながります。