7-3 世界最高品質のグラフェン作製手法を開発

−スピン・電子デバイス開発への扉を開く−

図7-6 グラフェン成長中の電子線鏡面反射強度の変化

図7-6 グラフェン成長中の電子線鏡面反射強度の変化

ニッケル表面に一定圧でベンゼンを吹きつけながら電子線を照射し、鏡面反射強度から表面の微視的構造の変化を逐次的に観察しました。表面化学組成分析でもグラフェンの成長過程を確認しました。グラフェンが1層ごとに段階的に成長し、層数を精密に制御したグラフェンを得ることができました。

 

図7-7 グラフェンの原子構造・電子状態の均一性の評価

図7-7 グラフェンの原子構造・電子状態の均一性の評価

グラフェン薄片(一片5 mm)上の任意の場所を、分子レベルの構造を解析する手法である顕微ラマン分光で測定し、原子構造や電子状態の薄片内での均一性を評価しました。正確に1層(被覆率1.0)となるグラフェンでは、剥離法で作製したグラフェンと比べて測定点のばらつきが著しく小さい(均一性が高い)ことが分かります。

半導体や金属を基盤材料とする従来のエレクトロニクスは、微細加工プロセスに頼った発展が近い将来に限界に至ることが予想されています。これに対するブレークスルーとして、グラフェンを新たな基盤材料として用いることが提唱されています。グラフェンは、黒鉛を形成する炭素原子の層が1層〜数層積層したシート状の物質です。従来の材料と比較してキャリア(電子・正孔)の移動度が著しく高いことや、電子スピンの散乱が生じ難いことなどから、高速に動作する電子デバイスや、電子スピンを情報処理に用いる新技術スピントロニクスの優れた材料になると期待されています。最近、黒鉛の塊から粘着テープを用いて剥離する方法によってグラフェン薄片を作る簡便な方法(2010年ノーベル物理学賞)が開発され、グラフェンの物性解明に大きな進展をもたらしました。しかし、同方法で作製したグラフェンの薄片には、炭素原子の層数が異なるグラフェンが混在していることや、同一の薄片内においても電子の状態が一様でないという問題がありました。そのため、期待されるような優れた特性の発現や特性の人為的な制御が難しく、広い面積にわたって層数や電子の状態が均一なグラフェンを作製する技術の実現が大きな課題となっていました。

私たちは、超高真空中の触媒金属(ニッケル)表面に原料分子(ベンゼン)を噴霧することでグラフェンを成長させると同時に、グラフェンへの電子線照射による応答観察を行い、成長過程に応じた微視的構造の変化を逐次的に調べました。図7-6に示すように、触媒金属の表面にグラフェンが成長し始めると、成長の過程(成長初期に結晶核が生成し、その後1層ごとに炭素原子層が順次成長)に応じて電子線鏡面反射の強度が特徴的な変化を示すことが分かりました。これにより、成長条件によってグラフェンに含まれる炭素原子の層数を精密に制御することを初めて可能にしました。更に図7-7に示すように、ちょうど1層が成長し終わる条件で作製したグラフェンの原子状態・電子状態は、従来法で作製した1層グラフェンよりも、著しく均一性が高いことが分かりました。

精密な層数制御と高均質化によりグラフェンの電気的性質の制御が可能になったことにより、今後はスピントロニクスや次世代のエレクトロニクスの基盤材料へのグラフェンの応用が可能になると考えております。