図8-10 [C4mim]3[UO2(NCS)5]のサーモクロミズム
図8-11 [UO2(NCS)5]3- 錯体近傍の結晶構造(-196 ℃)
図8-12 [C4mim]3[UO2(NCS)5]の時間分解発光スペクトル
水や有機溶媒中におけるアクチノイドの分析には、放射線計測のほかに、ICP-MS (誘導結合プラズマ質量分析計) や他の質量分析法を用います。しかし、これらの方法は、化学種の 「溶存状態」 を計測することができません。一方、時間分解型レーザー誘起蛍光分光法(TRLFS) は溶存状態の定性分析が可能です。レーザーパルス照射後の光エネルギーの散逸過程を調べることで、私たちはアクチノイド錯体の状態を研究しています。
金属イオンの高濃度溶存状態をTRLFSで調べると、イオン液体中のウラン錯体が水や有機溶媒中では見られない構造をとることが分かってきました。イオン液体はイオンのみから構成され、室温で溶融する塩の総称です。100 ℃でも安定なため、高温で発現する機能を見いだすのに適しています。1 -ブチル- 3 -メチルイミダゾリウムチオシアナト ([C4mim][NCS]:構造は図8-11左上部)を用いてウラニルイオン(UO22+)を溶解すると、それが非常に高濃度になり得ることが分かりました。Uの濃度をより高くしていくと、UO22+とNCS- (チオシアン酸) の組成比が1:5の金属塩が得られ、これは、室温でも液体のままでした。この物質は周囲の温度変化によって可逆的に色合いが変化する「サーモクロミズム」という現象を示すことを発見しました(図8-10)。ウラン錯体がこうした特性を持つことはこれまで知られていませんでした。液体窒素でこの物質を冷却すると黄色に凝固します。これを加熱すると橙、紅色と変色し融解します。
この仕組みを理解するため、サーモクロミズムを示したイオン液体を低温で結晶化させ、構造解析を行った結果、図8-11が得られました。ここで低温のウランの赤道面の窒素原子の配位数は5です。また、紫外線による発光スペクトルを調べると図8-12のようになり、加熱によりこの物質は発光しなくなります。この時、U原子周りの対称性もスペクトルに影響を与え、温度上昇によってウラン中心の赤道面上の配位数が減少することが分かりました。橙色や紅色のウラン化合物はほとんど知られておらず、4配位のものは、ウランと配位子の距離が適度に保たれたことが、この色の原因となる可能性があると考えられます。
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(No.22760679)「ウランを内含した多孔質金属有機骨格の創成と機能」、JSPS優秀若手研究者海外派遣事業(No.21-5317)「液体fブロック元素錯体を基本骨格とした光機能物質創成と能動的制御への展開」の成果の一部です。