図8-21 開発した陸面モデルで考慮されるTの移行過程
図8-22 葡萄への大気中HTOのばく露実験の再現計算結果
原子力発電所及び核燃料再処理施設の運転に伴い環境中に放出される核種のうち、トリチウム(3H,以下Tと記す)と炭素14(14C)はその安定同位体が生物の主要な構成元素であること、半減期が長い(Tは12年,14Cは5730年)ことから被ばく評価上重要な核種です。環境中でTはトリチウム水(HTO)として水と同様に振る舞い、14Cは14CO2として二酸化炭素と同様に振る舞います。そのため、施設から放出されたT及び14Cは環境中の水・CO2循環に取り込まれ、その一部は光合成により植生に有機物として固定されます。この有機物中Tあるいは14Cを摂取することで内部被ばくが引き起こされます。このため、被ばく評価では施設から放出されたT及び14Cの施設周辺の植生への移行量を正確に評価することが必要です。しかし、時々刻々と変動する環境中の水・CO2循環の影響を考慮したT及び14C移行予測モデルはなく、T及び14Cの被ばく評価は十分な精度でなされていませんでした。
そこで私たちはT及び14Cの環境中移行を詳細に予測可能なモデルを開発しました。まず、陸面環境中のT(図8-21)及び14Cの動態を素過程レベルで厳密に定式化しました。そして、これらT及び14C動態を原子力機構が開発した陸面水・CO2循環モデル(SOLVEG-II)に組み込むことで、T及び14Cの陸面移行を水・CO2循環と連動させて詳細に予測するモデルを開発しました。モデルは大気中HTO(図8-22)及び大気中14CO2の葉内の水及び有機物への移行を十分な精度で再現しました。
次にモデルの応用として、T及び14Cの環境動態のシミュレーション解析を行いました。その結果、土壌水中HTOの根による吸い上げ過程が植生の有機物中Tの生成に顕著に影響することが明らかになりました。また、土壌中に有機物として蓄積する14Cから分解・生成する14CO2が、植生の有機物中14Cの生成に及ぼす影響を定量化しました。このように、開発した陸面モデルは、観測では評価しきれないT及び14C移行の各素過程の重要性を把握することに活用できることが示されました。
今後はモデルの更なる実用的な応用として、大気拡散モデルと組み合わせた計算によって施設から大気へ放出されるT及び14Cの周辺環境中移行を評価する予定です。