図3-8 (a)ラシュバ効果の概略図(b)スピン偏極陽電子ビーム測定の概略図
図3-9 (c)ビスマス(Bi)と(d)銀(Ag)の表面において観測された電子スピン偏極率(配列度合)と厚さとの関係
近年、電子デバイスの省電力化のために、電子の電気的性質を利用する「エレクトロニクス」に対し、磁気的性質であるスピンを融合した「スピントロニクス」が有望視されています。その実用化には、物質中の電子スピンを観測し、電気的に電子スピンを制御することが課題となっています。「エレクトロニクス」が磁性体を使わないことから、「スピントロニクス」においても磁性体を用いることなくスピンを制御することが求められます。本研究で取り上げた「ラシュバ効果」はそのような電気的スピン制御法の手法として利用できると考えられており、電界効果トランジスタへの応用などを視野に入れた研究開発が精力的に行われています。図3-8(a)はラシュバ効果の概略図です。異なる物質の界面には面直方向に電界が存在します。この界面に電流を印加した場合、電流の担い手の電子からは、上下の物質に反対方向の電流が流れているように見えます。そうすると、電子には面内方向に磁場が発生し、これにより電子のスピンが配列します。これまでの研究から、ビスマスと銀(Bi-Ag)の接合体において、大きなラシュバ効果が生ずると考えられていましたが、電流を流した状態でのスピン制御について実験的検証はなされていませんでした。
今回私たちは、図3-8(b)に示す独自に開発した「スピン偏極陽電子ビーム」という研究手法を用いて、Bi-Agデバイスに電流を流した状態で電子スピンを観測しました。この方法では、物質の最表面に存在する電子のスピン配列状態を非破壊で観測することができます。従来の方法では、電子スピンを電気信号に変換するための電極を試料の表面に取り付けるため、表面の状態が変わってしまう可能性がありましたが、「スピン偏極陽電子ビーム」は自然な状態で表面にある電子スピンを直接観測できます。
その結果、図3-9に示すように、Bi-Ag接合体の表面において、電流に対して垂直に電子スピンが配列していること及びスピンの配列度合がBiとAgの膜の厚さとともに減少することを見いだしました。これは、BiとAgの界面でスピンが発生し、それが各膜中を拡散して表面に現れたことを示しています。また、これらの結果からスピンの伝達度合(スピン拡散長)も決定できました。
本研究は、スピン偏極陽電子ビームがスピントロニクスの材料研究の分析手段として有用であることを示しています。