3-6 放射線照射細胞の示す“デジタル”応答特性

−放射線照射による細胞周期の変化を単一細胞で追跡−

図3-10 HeLa-Fucci細胞の蛍光強度の時間変化

図3-10 HeLa-Fucci細胞の蛍光強度の時間変化

HeLa-Fucci細胞集団(写真)のうちの細胞を一つだけ選び、その細胞核の蛍光強度の時間変化をプロットしたものです。線及び線はそれぞれ、G1期及びG2期に細胞があることを示しています。第1回目の細胞分裂を示す線の強度が急速に減少する時点(約18時間)以降は、二つに分裂した細胞の片方の蛍光強度のみをプロットしています。

 

図3-11 照射細胞の周期の進行に応じた蛍光強度の変化

図3-11 照射細胞の周期の進行に応じた蛍光強度の変化

照射した細胞ごとに図3-10で示した線の蛍光強度の時間変化を調べると、細胞周期変化が非照射細胞のそれとほとんど変わらない群(上図)と、遅延する群(下図)の2群に大別されることが明らかになりました。線及び線は、それぞれの群の平均的な蛍光強度変化を示しています。

 


細胞標識技術の最近の急速な発展に伴い、生きている細胞の様々な活動が比較的容易に経時観察できるようになりました。これらの実験により得られた動画像データは、従来の静止画像データや細胞集団全体から生化学的に抽出された生体分子に関する平均化された値からは得ることができない豊富なダイナミクス情報を含みます。私たちは生きたままの細胞(ライブセル)を経時観察することにより、放射線照射された細胞にどのような変化が生じるのかを研究してきました。

細胞分裂能を有するヒトを含めた動物細胞は、ほぼ一定の時間(細胞周期)で分裂しますが、放射線を照射すると細胞周期が遅延したり停止したりすることが知られています。この現象はチェックポイント機構と呼ばれ、様々なタンパク質間の反応による放射線DNA損傷の修復のための時間稼ぎであると推測されています。しかし、照射された全ての細胞に等しい時間の細胞周期遅延が生じるのか、あるいはどのように遅延・停止した細胞周期が再開するのかなど、そのメカニズムの詳細についてはほとんど明らかにされていませんでした。

私たちは、細胞周期に依存して細胞核が異なる蛍光を発色するように処理をしたHeLa-Fucci細胞(図3-10)を試料とし、5 GyのX線を培養ディッシュ上の細胞集団に均一に照射した後に個々の細胞の細胞周期をライブセル観察しました。従来の研究により、5 GyのX線照射ではおよそ99%の細胞が分裂能を失うことが報告されています。しかし、本研究で観察した48時間では、2回程度細胞分裂することが分かりました。さらに20個以上の照射細胞の核の蛍光強度を個々に追跡した結果、細胞周期がほとんど影響を受けない群(図3-11の上図)と遅延する群(図3-11の下図)の二つの細胞集団に分かれることを見いだしました。これらの結果から、細胞周期の進行を制御するチェックポイント機構に、スイッチのON/OFFに相当し0か1かの細胞応答を出力するメカニズムがあることが予測されます。このような“デジタル”的な細胞特性の理解が進むことで、分裂停止に至るか、あるいは突然変異しつつも生き残るかなど、細胞運命の分岐点の解明が進むと期待されます。

本研究成果の一部は、原子力機構と茨城大学の連携大学院(総合原子科学プログラム)における人材育成の一環として得られたものです。