4-3 再処理硝酸溶液中での腐食挙動を予測する

−セルオートマトン法を用いたステンレス鋼粒界腐食形態のシミュレーション−

図4-6 硝酸溶液中ステンレス鋼の粒界腐食の例

図4-6 硝酸溶液中ステンレス鋼の粒界腐食の例

高温高濃度の硝酸溶液中にあるステンレス鋼は、(a)のように結晶粒間にある粒界が優先的に腐食する粒界腐食が発生します。断面を見ると(b)のような複雑な凹凸形状になっています。

 

図4-7 セルオートマトン粒界腐食モデルの概念図

図4-7 セルオートマトン粒界腐食モデルの概念図

本モデルでは、格子状に分割したセルに対して粒内,粒界,溶液セルを設定して初期形状を作成し、溶液セルに接する粒内,粒界セルを溶液セルに変換することで粒界腐食を模擬します。

 

図4-8 リン化合物の濃縮がある場合の粒界腐食形態

図4-8 リン化合物の濃縮がある場合の粒界腐食形態

(c),(d)は本モデルによるシミュレーション結果です。リン量が増える領域から粒界腐食幅が狭くなる結果となりました。シミュレーション結果(d)は、腐食試験で見られた複雑形状の腐食形態(e)を模擬できていることが分かりました。

 


使用済み核燃料の再処理機器にはステンレス鋼が多く用いられており、再処理工程では高温,高濃度で酸化力の高い硝酸溶液が使用されます。このような溶液中にあるステンレス鋼は、ステンレス鋼を形成する結晶粒間の粒界が優先的に腐食される粒界腐食が発生することが知られています(図4-6)。粒界腐食が進展すると結晶粒の脱落が発生し、腐食速度が増大すると考えられます。それゆえに、再処理機器の健全性を確保するためには、粒界腐食の進展挙動を知ることが重要であるといえます。粒界腐食を引き起こす要因の一つとして、鋼中に混入したリンや炭素などからなる不純物の存在が考えられていますが、不純物と腐食進展挙動との関係についてはいまだ明確になっていません。

私たちは粒界腐食の要因となる不純物の存在が腐食進展形態に及ぼす影響を明確にすることを目的として、セルオートマトン粒界腐食モデルの開発を行いました。セルオートマトン法とは、系を格子状セルに分割してセル間の単純な規則に従って状態変化を表現する計算法です。本モデルでは結晶粒,粒界,溶液をセルモデル化することで単純形状だけでなく複雑形状の粒界腐食形態をも表現することが可能です(図4-7)。また、粒内及び粒界の腐食速度のみをパラメータとしているため、扱いやすく汎用性が高いことが特徴です。今回、不純物の濃度によって粒界の腐食速度に変化を与えた粒界腐食シミュレーションを行い、高純度SUS310ステンレス鋼に不純物としてリンを添加した材料についての腐食試験に見られる複雑形状の腐食形態を模擬できることを確認しました(図4-8)。この結果は、硝酸溶液中ステンレス鋼の粒界腐食に見られる複雑形状は不純物の存在が関係していることを示しています。また得られた結果から逆問題的に考えると、リンは化合物として粒界近傍に濃縮する傾向があること、濃縮したリン化合物は粒界腐食の速度を速くする効果があることが示唆されます。

本モデルは汎用性の高さから、粒界腐食の進展による結晶粒の脱落など、より現実に近いシミュレーションを行うことが可能です。現実に近いシミュレーションを行い、腐食進展挙動の時間変化を見ることで、不純物の存在状態と腐食形状、腐食減量との関係など、様々な腐食現象の理解につながることが期待されます。