図5-35 電子スピン共鳴(ESR)法の手順
図5-36 照射した牛生レバーのESRスペクトル変化
図5-37 ESR法による牛生レバーの線量応答
現在、飲食店でユッケなどとして提供される生肉では、表面の加熱・除去によって内部の安全な部分が使われます。しかし、牛の肝臓では内部から病原性大腸菌が検出され、肝臓を安全に生食する方策が見いだされないとして、牛レバーを生で食する「牛レバ刺し」は2012年7月1日から禁止されています。私たちは、非加熱でかつ包装後も処理が可能な放射線照射殺菌が、牛生レバーの安全性を確保するために使用された場合を想定して、照射殺菌済みを判別するための技術の開発を行いました。
最初に、照射挽肉の検知法として開発したELISA法の牛生レバーへの適用を試みました。その結果、0 ℃の冷蔵状態で照射した牛生レバーではELISA法で照射の有無を判別できそうでしたが、-80 ℃の凍結状態で照射した場合は全く判別することができませんでした。これはELISA法では、放射線の電離作用で生じた活性種(ラジカル)がDNAと反応して生成した酸化損傷を検出するので、凍結状態ではラジカルの動きが抑制され十分に反応しなかったと考えられます。そこで次に、照射で生じたラジカルそのものを検出することにしました。ラジカルは不対電子を持ち、原理的には電子スピン共鳴(ESR)法で測定できます。ESR法は電子レンジと同じマイクロ波を使っており、水を含む試料では水がマイクロ波を吸収するため不対電子が共鳴しなくなる弱点があります。しかし私たちは、これまでに植物検疫における消毒処理として照射された生鮮果実がESR法で検知できることを実証していますので、今回牛生レバーにもESR測定が適用できると考えました。
冷蔵状態でγ線照射した牛生レバーを試料とし、測定中の水のマイクロ波吸収を抑えるため、液体窒素温度まで冷却して水分子の運動を止めた状態でESR測定を行いました(図5-35)。その結果、メインピークと、その両脇にサイドピークが観測され(図5-36)、サイドピーク強度は線量増加につれて直線的に増加することを発見しました(図5-37)。実験の測定値には誤差が含まれますので、0 kGyのサイドピーク強度から明確に区別できる牛生レバーの吸収線量は約3 kGyと推測されます。したがって、この結果は、ESR法で約3 kGyを超えて照射殺菌された牛生レバーを判別できる可能性を示しています。
今回の技術は、「照射殺菌済み」の牛生レバーを確認できるという点で消費者に安心感を与えられると信じています。