1-15 海洋に放出された放射性物質の拡散を予測する

−沿岸域から外洋スケールの拡散シミュレーション−

図1-34 4月の平均表層137Cs濃度(Bq/m3)

図1-34 4月の平均表層137Cs濃度(Bq/m3

137Csが沿岸から外洋へ拡散される過程で黒潮続流が大きな役割を担っていることが示唆されました。

 

図1-35 拡散計算結果から深度ごとの137Cs存在量を解析した結果

図1-35 拡散計算結果から深度ごとの137Cs存在量を解析した結果

事故発生から1年後には水深200 mよりも深いところへ137Csが輸送されたことが示唆されました。

 


東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故により海洋へセシウム-137(137Cs)が放出されました。その海洋中拡散を明らかにするため、海洋調査やシミュレーションにより数多くの研究が行われてきました。シミュレーションは、時空間的に連続して137Csの海洋中拡散を解析することが可能です。しかし、放出量や海況データ等に起因する誤差が含まれています。本研究では、海況データに着目し、5種類の海況データを入力データとした海洋拡散シミュレーションを実施することで、海況データの相違による137Csの海洋中拡散への影響を解析しました。そして、福島県沿岸域から北太平洋広域までの137Csの海洋中拡散を明らかにしました。

本研究では、原子力機構が開発した海洋拡散モデルSEA-GEARNを使用しました。海洋拡散モデルに入力する海況データは、日本海洋科学振興財団、海洋研究開発機構、気象庁、米国海洋大気庁により、数値シミュレーションに観測データを同化させるデータ同化手法を適用して計算された結果を使用しました。放出源となる1Fから海洋へ直接放出された137Csの放出量は、1Fの南北放出口付近で測定された137Cs濃度データを基にして推定された放出量を適用しました。海表面への137Cs沈着量は、原子力機構が推定した最新の大気放出量を適用した大気拡散シミュレーションの計算値を入力しました。

水平解像度が低いシミュレーションと比較して、高解像度シミュレーションは福島県の海岸線と沖合で観測された137Cs濃度を良好に再現しており、事故から数ヶ月間は海洋へ直接放出された137Csが福島県沿岸を主に南北方向に拡散したことが示唆されました。北太平洋西部や北太平洋全域を対象としたシミュレーションは、比較的解像度が低いにもかかわらずデータ同化手法により主な海流の変動を良好に再現しており、137Csが沿岸から外洋へ拡散される過程で黒潮続流が大きな役割を担っていたことが示唆されました(図1-34)。

拡散計算結果から深度ごとの137Cs存在量を解析した結果、海洋への直接放出と大気からの沈着により海洋へ移行した137Csは、事故直後は主に表層(海表面から水深211 m)に存在していましたが、時間の経過とともに表層以深にも輸送されました(図1-35)。事故から1年後の表層、中層(211〜510 m)、深層(510〜1050 m)、底層(1050 m以深)における137Csの存在量はそれぞれ約71、19、4、0.8 %でした。

本研究結果により、海況データにかかわらず事故起源の137Csが北太平洋において水平的に広く拡散するとともに表層から底層方向に拡散されることが示唆されました。さらに長期間の数値シミュレーションを実施して存在量の時系列変化を定量化することが今後の課題です。