図1-40 粘土鉱物の各種表面の原子レベルモデリング
表1-2 各吸着箇所における吸着エネルギー
2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故によって、環境中に放射性セシウム(Cs)が放出されました。その一部は表土に強く吸着され、住民避難の主な原因となりました。その後、主に表土を剥ぐ除染方法によって大規模な除染が実施され、放射能と空間線量率の低減に成功しましたが、除染による廃棄土壌は膨大な量に上るため、その減容処理や管理が新たな問題となってきています。
減容技術の開発や長期管理のリスク評価のためには、どのようにCsが土壌に吸着しているのかを知ることが手助けになると考えられます。これまでの研究によって、放射性Csは、土壌中に存在する粘土鉱物に強く吸着することが知られています。しかし、なぜ吸着するのか、その吸着メカニズムは不明でした。メカニズム究明が困難な理由の一つとして、最新の実験装置を使っても観測できないほど小さな領域で吸着が起こっていることが挙げられます。図1-40に示すように、粘土鉱物には数種類の表面構造があり、それぞれが異なる吸着の強さを示すと考えられてきました。しかし、その詳細を観測することは非常に困難です。
そのような極小領域の研究には、コンピューターシミュレーションが力を発揮します。私たちは、米国の研究機関及び量子科学技術研究開発機構と協力して、図1-40に示す原子レベル表面構造を手分けしてモデル化し、各表面の構造や表面からCsまでの距離を原子スケールで変化させて、スーパーコンピュータでエネルギーを計算し、構造の違いが吸着エネルギーに及ぼす影響を評価しました(表1-2)。この系統的なシミュレーションの結果により、風化によってえぐれた「ほつれたエッジ」と呼ばれる、ナノメートル程度の大きさを持つ楔形構造が、最も強くCsを吸着することが示されました(表1-2)。ほつれたエッジによる強い吸着仮説は50年ほど前に提唱されましたが、実験による仮説の証明は困難でした。本論文では、シミュレーションを用いて各表面における原子レベルの吸着の様子を調べることにより、この仮説の証明に成功しました。
本研究では、上記の結果とこれまでの実験結果から得られた知見に基づいて、有望な減容技術や長期管理の際のリスクについても評価しました。
今後は、本研究で明らかになった吸着メカニズムを基にして、廃棄土壌の減容化に貢献すべく研究開発を進めていきます。