1-17 粘土へのセシウム吸着をナノスケールで直視

−高輝度放射光を用いた光電子顕微鏡で化学状態の可視化を実現−

図1-38 SR-PEEMによるCs含有粘土のナノスケール化学分析の概念図

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図1-38 SR-PEEMによるCs含有粘土のナノスケール化学分析の概念図

放射光のエネルギーに依存した光電子の強度(X線吸収強度)を画像データとして測定することで、粒子中の位置ごとのX線吸収スペクトル情報を得ます。

 

図1-39 (a)人工的にCsを2wt%吸着した風化黒雲母のSR-PEEM像、(b)(a)の赤印位置でのX線吸収スペクトル(―線)及びCsNO3参照スペクトル(―線)との比較

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図1-39 (a)人工的にCsを2 wt%吸着した風化黒雲母のSR-PEEM像、(b)(a)の赤印位置でのX線吸収スペクトル(線)及びCsNO3参照スペクトル(線)との比較

(a)Cs濃度が大きい部分が白くなります。(b)粘土中のCsの化学状態はCsNO3と似ていること、Feが3価の酸化状態であることが分かりました。

 


東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い放出された放射性セシウム(Cs)は、土壌表層数cmの粘土鉱物に強固に吸着することが知られています。安全かつ環境負荷の低い除染処理方法が模索され、その技術開発にはCsの粘土に対する吸着状態及び吸着・脱離のメカニズムを知ることが重要となっています。しかしながら、極めて微量のCsを含む粘土は、数µm以下の不規則な大きさ、組成、形態の環境試料であるため、Csの吸着挙動を調べることは容易ではありません。高輝度放射光を用いた光電子顕微鏡(synchrotron radiation photoemission electron microscope:SR-PEEM)は、ナノスケールの空間分解能で元素別に化学状態を可視化できる分析技術です(図1-38)。SR-PEEMは他の分析法より優れた機能を持っていますが、粘土のような電気を流さない試料(絶縁物)を分析対象とした場合、試料帯電という分析上の致命的な問題が起きます。しかしながら、厚さ数nmの薄い炭素膜を表面に付ければ、この問題を回避できることが分かりました。そこで、SPring-8の高輝度放射光(400〜1900 eVの高輝度軟X線放射光)を使うことによって、粘土鉱物の一種である風化黒雲母中のCsの化学状態のナノスケール分析に成功しました。

図1-39(a)に示すように、大きさ数µmの粘土鉱物に対してクリアな顕微鏡像が得られました。Csは試料全体に観察されることから、Csを2 wt%吸着(飽和吸着)した試料では、Csは表面に偏るようなことはなく粒子の内部にまで浸透し均一に吸着していることが分かりました。さらに、粒子の識別及び各粒子内の元素分布の情報に加えて、図1-39(b)に示すように粒子内の特定位置におけるCsの化学状態が測定でき、その化学状態は比較試料であるCsNO3と類似であることが分かりました。鉄(Fe)の存在とその分布及びその価数が3価であることも明らかとなりました。これらの化学状態に関する実空間情報から、Cs吸着メカニズムに関する理解が進みつつあります。

今回開発したミクロサイズの微粒子の化学状態に関するナノスケール可視化技術は、除染土壌や廃炉に関わる模擬燃料デブリの分析などの原子力分野の課題解決への適用とともに、ナノ電子デバイスの絶縁材料や酸化物表面が示す触媒機能の解明など、次世代イノベーションを支える機能性材料の研究開発への応用も期待されています。