図9-3 リン原子の移動の仕方
図9-4 シミュレーションで評価した温度に対する拡散係数
原子炉の炉心を覆う鉄鋼材料では、原子炉運転中に、高温で中性子線照射を受けることで、結晶格子の安定な位置にいた鉄の原子が弾き出され、動き回るようになります。これに伴って不純物原子も動き出し、結晶の規則正しい並びが乱れている粒界に集まり、そこの強度を弱めてしまうことがあります。このような現象は脆化と呼ばれ、最終的には材料の割れにつながる場合もあります。そのため、原子炉を安全に運転するためには、不純物原子の移動の仕方や粒界への集まる速さを評価して、粒界での不純物の量を予測することが重要となります。
リンは鉄鋼材料中の不純物であり、粒界での脆化を引き起こします。リン原子は、弾き出されたことで格子の間を動き回る鉄格子間原子と対を作り、その相手を変えることにより移動します(図9-3(a))。一方、弾き出しにより鉄原子があった位置は空孔になり、空孔に隣の原子が移動することで空孔も動き回りますが、空孔が隣に移動してきたとき、リン原子が空孔の位置に移動することでもリン原子は移動します(図9-3(b))。そして、これらの移動は高温になるほど活発になります。図9-3のようなリン原子の移動の仕方は、第一原理計算から得られる原子の様々な配置のエネルギーの大きさの考察から見つかります。しかし、移動の仕方のみでは、その速さは分かりません。そこで今回、キネティックモンテカルロシミュレーションで図9-3に基づいて原子を動かし、リン原子が移動した時間と距離を測り、様々な温度での拡散係数を計算することで、その移動の速さを評価しました(図9-4)。その結果、格子間原子での移動は、空孔での移動に比べ桁違いに速いことが確認されました。この結果は、温度や照射の様々な条件での粒界のリンの量の予測、さらには鉄鋼材料の脆化の評価に役立ちます。
実験では測定が難しい原子レベルの挙動から巨視的な脆化の評価を目指すこのような手法は、マルチスケールと呼ばれ、計算機による有効な研究方法です。今後、この手法をさらに高精度化し、原子力材料の脆化の評価や予測に貢献していきたいと考えます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.15K06429)「粒界偏析エネルギーの算出方法に関する拡散レートモデルによる評価」の助成を受けたものです。