1-14 海洋深層への放射性物質の移行を探求する

−鉛直方向の濃度分布から深層への沈み込みを解明−

図1-32 海水試料採取地点

図1-32 海水試料採取地点

は事故後に、は事故前に海水試料を採取した地点です。

 

図1-33 事故前後における海域ごとの129I濃度の鉛直分布

図1-33 事故前後における海域ごとの129I濃度の鉛直分布

事故に起因した129Iは、親潮及び混合海域では表層に存在し、黒潮海域では水深400 m付近に沈み込んでいました。

 

図1-34 再現された海水の流れの概念図

図1-34 再現された海水の流れの概念図

(a)水平方向の流れは、黒潮続流の蛇行()により混合海域の海水が南下()していることが分かりました。
(b)鉛直方向の流れは、その南下流()が黒潮海域の海水の下に沈み込んでいることが分かりました。

 


東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故により、放射性物質が海水中に放出されました。海水中での放射性物質の移行を明らかにするために、数多くの研究が行われています。しかし、多くの研究は、表層海水中での移行に着目し、深層への移行について調べている研究はほとんどありませんでした。そこで、放射性物質が深層にどのように移行するかについて調べることにしました。

深層への移行を調査するためには、深層の海水試料を数多く採取する必要があるため、少量の海水試料から検出できる放射性核種を用いることが効率的だと考えました。深層における海水中の放射性セシウム(1 Bq/m3程度)等を測定する場合、20 Lもの海水が必要になりますが、ヨウ素129(129I)であれば、私たちが開発した加速器質量分析法により、1 Lの海水から検出可能です。そこで、129Iの鉛直分布を明らかにすることにしました。西部北太平洋は、北から親潮、南から黒潮が流れ込んでおり、その間にはそれらの海流が混合した海水が存在しています。これらの海域での分布状況を明らかにするため、親潮、黒潮及び混合海域において表層から水深1000 mまでの海水試料を採取しました(図1-32)。

図1-33に、事故後に観測した親潮、混合及び黒潮海域における129Iの鉛直分布を示します。また私たちは、1F事故以前から129Iの移行について注目しており、親潮、混合及び黒潮海域における129Iの鉛直分布のデータを取得していました。その両方の結果を図1-33に示します。事故前後の鉛直分布を比較して1F事故の影響による濃度上昇は、親潮及び混合海域ではそれぞれ表面から水深150 m及び200 mまでの表層で、黒潮海域では水深400 m付近の亜表層で生じていることが明らかとなりました。

亜表層への移行を解明するために、流速を再現したデータセットを利用し、海水がどのように流れていたかについて解析を行いました。その結果、千葉県沖で離岸した黒潮続流は蛇行しており、その流れに引き込まれるように混合海域の海水が南下する流れが発生していました。この南下流の密度は黒潮続流の密度より高いため、黒潮続流の下層に急激に沈み込んでいたことが分かりました(図1-34)。

これらの結果は、事故で放出された放射性物質が黒潮続流の蛇行の影響により急激に沈み込むという、海洋学上の新たな知見の発見につながりました。