4-3 化学結合が解き明かすAm/Cm選択性の謎

−金属イオンと分離剤との“相互作用の強さ”が鍵か?−

図4-7 Am/CmとADAAM分離剤からなる錯体の構造

図4-7 Am/CmとADAAM分離剤からなる錯体の構造

Amイオン及びCmイオン(図中の金属イオン)は、一つのADAAM分離剤と三つの硝酸イオンと反応して錯体を生成することが知られており、下の図は、金属イオンとADAAM分離剤及び硝酸イオンから生成される錯体のモデルを表しています。

 

図4-8 Am/CmとADAAMの相互作用の解析

図4-8 Am/CmとADAAMの相互作用の解析

ADAAM分離剤のN原子と金属イオンの電子軌道の重なり(図中の赤丸部分)に着目すると、AmとN原子の電子軌道の重なりが大きく、強く相互作用していることが分かります。この相互作用の違いが、ADAAM分離剤のAm選択性の一因であることを示しています。図中の黄色と青色の部分は、電子の波としての性質における位相の違いを示しています。

 


高レベル放射性廃液の有害度低減に向けて、長半減期で有害なマイナーアクチノイド(MA)を分離し、短半減期核種に核変換する「分離変換技術」の開発が行われています。中でも、高レベル放射性廃液に含まれるMAのうちキュリウム(Cm)は発熱するため、アメリシウム(Am)からの分離が望まれています。しかし、互いの化学的性質が類似しているため、これまでは困難な技術と言われてきました。私たちは、使用済核燃料溶解液から核燃料物質及びMAを分離する方法である「SELECTプロセス」の開発過程で、アルキルジアミドアミン(ADAAM)分離剤によってAm-Cm溶液からAmを選択的に分離することに成功しました。そこで私たちは、量子化学シミュレーションを用いたアプローチで、なぜADAAM分離剤が高いAm選択性を示すのかを明らかにしました。

AmやCmは溶液中でイオンとして存在し、分離剤と錯体を生成します。まず、分離実験の結果から、Am及びCmイオンとADAAM分離剤とで生成する錯体をモデル化しました(図4-7)。次に、それぞれの錯体の生成エネルギーを計算し、ADAAMとの錯体の安定性をAmとCmで比較した結果、CmよりもAmと安定に錯体を生成することが分かりました。Cmに対してAmをどれだけ分離するかの指標であるAm/Cm分離係数を計算によって求めた結果、6.2となり実験値の5.5を良く再現しました。

ADAAM分離剤がなぜAm選択性を持つのかを探る手立てとして、分離剤とAm及びCmイオンとの化学結合に着目しました。ADAAM分離剤は、分子骨格の中心にある窒素(N)原子と、両端にカルボニル基(C=O)の酸素(O)原子の三つの原子が金属イオンとの結合に関与します。まず、金属イオンとADAAM分離剤のN原子との結合距離を比較すると、Am-Nの結合距離は、Cm-Nの結合距離よりも短くなることが分かりました。次に、金属イオンとADAAM分離剤のN原子の相互作用の解析を行いました。原子間の相互作用の強さは、電子軌道の重なりの大きさによって調べられます。金属イオンの電子軌道と、ADAAM分離剤のN原子の電子軌道の重なりに着目すると、Cmに比べてAmとの重なりが大きいことが判明しました(図4-8)。これらの結果は、金属イオンと分離剤中の原子との化学結合、言い換えると “相互作用の強さ” が、Am及びCmの選択性の謎を解き明かす鍵となっていることを示しています。本研究成果である量子化学シミュレーションによるMA分離選択性の解明は、今後、金属イオンの分離材料開発への貢献が期待できます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(B)(No.17K14915)「化学結合評価に基づくランタノイド抽出パターンの解明」の助成を受けたものです。