9-5 AI技術を活用し量子シミュレーションを高速化

−スパースモデリングによる強相関量子系計算データの解析−

図9-10 手法の概要

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図9-10 手法の概要

(a)重元素を含む化合物の電子集団は電子同士が強く相互作用するため計算量は膨大な量となります。(b)しかし、計算により得られる膨大なデータ(ベクトル:y)の背後にある物理的性質を見いだすため、AI技術を用いて、特異値分解という手法(特異値から成る中央の行列を見つける)を活用すると、中間表現基底という情報量が大幅に小さい表現が得られ、データが持つ重要な情報は大幅に小さくなります。

 


物質の性質の多くは、その物質に含まれる電子集団の振る舞いの違いによって説明されます。特に銅酸化物高温超伝導体やウラン等を含む重元素化合物などの物質は、電子同士が強く相互作用する強相関電子系と呼ばれており、その物性を評価する上で電子の相互作用を正しくモデル化することが必須となります。このような相互作用する多数の電子の挙動を理解することは現代物理学における重要な問題の一つとして位置づけられていますが、多数の電子の量子力学的な性質を考慮するシミュレーション(量子シミュレーション)は、膨大な数の電子状態を扱うため計算負荷が非常に高く、最新のスーパーコンピュータを用いても、強相関電子系が示す電子状態を正確に再現することは困難な課題です(図9-10(a))。さらに得られる計算データも極めて大きく、そのような膨大なデータから実験と比較可能な意味のある物理量を取り出すことも困難でした。

そこで、本研究では近年計算科学分野で急速に発展している“人工知能技術(AI)”に着目しました。AI技術は一般に大規模なデータを扱いますが、真に重要な情報量は少なく、その重要な情報だけを取り出す“スパースモデリング”という技術が発展してきました(図9-10(b))。本研究では、量子シミュレーション手法の一つである厳密対角化動的平均場理論と呼ばれる計算手法(DMFT-ED)において、そのAI技術を活用し、真に重要な情報のみを取り出すことに成功しました。

DMFT-EDでは、対象とする模型を大きくすると計算データの量が増え、物理現象を調べるために十分な大きさの模型を用いると計算量が膨大になり計算が不可能となりますが、スパースモデリングというAI技術を用いると「中間表現」という新しいデータの表現方法が導入できるようになります。その結果、大規模な行列が、ほとんどの要素が0である行列の積として表す「特異値分解」が可能となり、重要な情報のみを取り出せます。実際、この方法を用いると、どんな大きさの模型でも、重要な情報は高々十数個の数値で表せることが分かりました(図9-10(b))。この結果から、これまでの手法では計算不可能とみられてきた模型においても、計算量を大幅に削減し、計算することができます。

本研究による計算量の削減により、現実のウラン化合物等の重元素化合物の電子構造を反映させた、複雑な模型を簡単化することなく取り扱うことが可能となり、これらの物質の多彩な物性の解明が期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.18K03552)、基盤研究(C)(No.18K11345)、新学術領域研究(研究領域提案型)(No.18H04228)の助成を受けたものです。