9 システム計算科学研究

原子力研究開発を支える計算科学技術

図9-1 GPUを利用して高速化した放射性物質の風による拡散シミュレーション

図9-1 GPUを利用して高速化した放射性物質の風による拡散シミュレーション

次世代のスーパーコンピュータでは従来の演算装置であるCPUに加え、簡単かつ膨大な処理に特化しこれを超高速に演算するGPUと呼ばれる装置を駆使することで、その計算効率を100%近くまで発揮し、これまで不可能だった大規模な計算を行うことが可能となります。上の図の例はGPU向けに高速化したアルゴリズムを使い、建物の影響を詳細に取り入れ放射性物質拡散のシミュレーションを行った結果です。

 


原子力分野における研究開発では、放射性物質等を扱う必要性から、実験に多大なコストと労力を要する場合が多く、シミュレーションと実験を連携することで、効率的な研究開発を行うことが今後、ますます重要になると考えられています。例えば、原子炉の過酷事故では、核燃料と様々な構造物がどのように溶融し混合するのか、また事故によって放出された放射性物質は環境中をどのように拡散するのかといった課題や、次世代の新しい原子炉システムの開発においては、従来の原子炉内とは異なる環境においても、燃料や構造材の安全性を十分に確保する適切な設計指針が求められます。そのような研究開発を効率良く進めるには、まずシミュレーションを行い、次にどのような実験を行えば最も課題解決に有効なデータが得られるか、予測しながら実験を行うというアプローチが重要となります。

このようなアプローチにおいて、スーパーコンピュータを活用した計算科学技術による解析は欠かせないものとなっていますが、最近では、さらに計算科学技術の解析対象を大きく拡げるため、これまで計算機の能力の限界から計算対象のモデルを単純化することで実施されてきた解析に対し、最新のGPUやAI技術等のテクノロジーを最大限に活用することで、複雑な現象を単純化することなく解析することを目指す研究開発が行われています。このような取組みが成功すれば、実験では簡単に得ることができない詳細な情報をシミュレーションで取得し、これまでにない新たな知見が得られるものと期待されています。

システム計算科学センターでは、上記の過酷事故の解析や新型炉の材料設計で必要となる、様々な要因が絡み合う複雑な現象の解析技術を開発するとともに、次世代のエクサスケール計算機の活用を見据えて複雑な超大規模計算をより高速に行う基盤技術の開発も行っており(図9-1)、それらを統合した複雑現象解析技術は原子力研究開発だけでなく科学技術全般における共通基盤技術になると考えられます。

2018年度、システム計算科学センターは福島の再生・復興への計算科学技術の活用先として、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉に向け、炉内で溶け落ち固まった様々な燃料デブリの硬さを計算により評価し、実験から得られた硬さの要因を原子レベルから説明することに成功しました(第1章トピックス1-2)。また、住宅地での被ばく量を高精度に評価するため、地形や樹木等の影響を取り入れ、詳細な空間線量率の分布を計算するシステムを開発しました(第1章トピックス1-17)。将来のエクサスケール計算へ向けた計算機技術としては、放射性物質の風による拡散シミュレーションを、GPUを用いて高速に計算する技術(トピックス9-1)と、過酷事故解析で必要な大規模流体計算を超並列計算で高速に行う技術(トピックス9-2)を紹介します。さらに、複雑現象解析に必要となる解析技術の高度化については、レーザー加工に係る複雑現象解明に向けた高速炉部門による研究開発の成果(トピックス9-3)、環境中の水素が材料に与える影響を解明した成果(トピックス9-4)、重元素化合物等の強相関電子系の量子多体問題にAIの解析技術を応用した成果(トピックス9-5)の三つを紹介します。以上、システム計算科学センターでは、原子力研究開発の共通基盤となる計算科学技術の研究を今後も着実に進展させ、その成果を積極的に原子力の研究開発や科学技術一般へと展開していきます。