図1-39 3D-ADRESによる空間線量率のモデリングプロセス
東京電力福島第一原子力発電所(1F)の事故から8年が経過し避難指示が解除された地域では住民の帰還が始まっています。こうした地域で住民の外部被ばく量を可能な限り最小限に抑えるには、生活環境における放射線の空間線量率の分布を正確に把握することが必要です。しかし、空間線量率の分布を推定するには、地面の舗装の有無による放射性セシウム(134Cs及び137Cs)の沈着量の違いや、地形、樹木、家屋による放射線の遮へい効果を考慮する等、実際の複雑な環境を反映した計算が求められます。しかし、そのような複雑な環境をモデル化することは簡単ではなく、これまでは地形を平坦と仮定したり、樹木や家屋の影響を無視したりするような計算が行われてきました。
そこで、システム計算科学センターは福島環境安全センターと連携し、福島県内のあらゆる居住地区に対して、その詳細な三次元モデルを作成し計算精度を向上させるための新しい計算システム「3D-ADRES(Air Dose Rate Evaluation System)」を開発しました。
そのシステムでは、対象地区が定まると衛星画像や航空写真を画面上に表示し(図1-39(a))、数値標高モデル(DEM)と呼ばれる地理空間情報を利用し三角格子を用いて地形を表現します(図1-39(a))。その上に数値表面モデル(DSM)と呼ばれるもう一つの地理空間情報を利用し、建物や樹木の幅や高さを設定し、対象地区のリアルなモデルを作成します(図1-39(b))。次は放射線のシミュレーションを実施するため、作成したモデルを原子力機構が開発したコード「PHITS」のフォーマットに変換し(図1-39(b))、放射線シミュレーションを行うことで従来よりもはるかに詳細な空間線量率分布の計算が可能となりました(図1-39(c))。
ここで利用するPHITSとはモンテカルロ法と呼ばれる手法を用い放射性セシウムから発生する放射線の行方を追跡するコードで、放射線が空中で散乱されその進路が変わるほか、樹木や家屋等に吸収される様子も再現され、家屋周辺等の複雑な空間線量率の分布を求めることができます(図1-39(c))。
私たちはこの3D-ADRESとPHITSを用いて1F付近の一つにおける地区の空間線量率の分布を計算し、家屋や樹木、地面の舗装の有無等がその分布にどのような影響を及ぼすかを調べました。その結果、建物や舗装道路では風雨により放射性セシウムが容易に除去され、その付着量は周囲と比べて小さいという知見を反映させると、空間線量率はその知見を反映しない場合の60%程度にまで低下し、樹木や家屋での放射線遮へいによる空間線量率の低減は比較的影響が小さいこと等が判明しました。
今後は3D-ADRESとPHITSを用い、住民が長時間過ごす屋内等の場所で空間線量率がどのように分布するかについての研究を実施します。このような取組みから得られる知見により、外部被ばくを最小限に抑えるための指針を得るほか、年月の経過とともに居住地区内の空間線量率がどのように低下していくかを予測することが可能になると期待されます。また、近年発展してきた三次元レーザースキャン技術やGPS付きカメラによる連写画像等も活用するなど、最新のリモートセンシング技術を有効に使ってモデルのリアリティを向上させる一方、作成作業の自動化や効率化も目指します。