1-16 福島第一原子力発電所事故直後の線量率を再評価

−ヨーロッパと福島県における空間線量率の減少傾向と放射性核種動態の比較−

図1-31 測定データから得た正規化線量率の減少曲線と、放射性崩壊に基づく正規化線量率の計算結果

図1-31 測定データから得た正規化線量率の減少曲線と、放射性崩壊に基づく正規化線量率の計算結果

測定データから得た減少曲線(浸透面、不浸透面)は、放射性崩壊よりも速やかな減少を示しました。これは放射性核種の深度方向への移行や水平方向への流失により、空間線量率の減少が促進されていることを示しています。またその程度は、土地の利用形態で異なることが分かりました。

 

図1-32 浸透面における、測定データから得た減少曲線と、ヨーロッパでの減少速度に基づく試算結果

図1-32 浸透面における、測定データから得た減少曲線と、ヨーロッパでの減少速度に基づく試算結果

福島県における正規化線量率の試算結果は、福島県に沈着した放射性核種の組成と、ヨーロッパで得られた放射性核種の動態に由来する減少速度に基づいています。試算結果で見られる、減少曲線よりも速やかな減少は、放射性核種の移行が、福島県でヨーロッパよりも緩やかであることを示しています。

 


空間線量率は、被ばく線量を推定する上で重要な指標の一つです。しかし事故後初期の空間線量率がどのように減少したか、またその特徴についてほとんど評価がされていませんでした。本研究では、福島県内の広域で高頻度に測定された、2011年の空間線量率データを解析し、初期の減少傾向を評価しました。解析では、放射性核種の沈着量が大きく異なる地点間のデータを統合して評価するため、空間線量率を137Cs沈着量で除し”正規化線量率“として評価しました。

図1-31に正規化線量率の経時変化として、測定データにフィッティングして得た減少曲線と、事故時に沈着した放射性核種の組成と各核種の半減期を基に計算した放射性崩壊による減少を示します。測定データは、測定地点の大部分を農地や草地が占める“浸透面”と、舗装面や家屋が占める“不浸透面”とに分けて評価しました。正規化線量率は、事故直後に速やかに、その後は緩やかに減少しました。事故直後の速やかな減少は、主に短半減期核種である131I(半減期8日)、132I(半減期2.3時間)の放射性崩壊に由来します。その後の緩やかな減少が確認された期間では、測定データは放射性崩壊よりも速やかに減少しており、特に不浸透面で顕著に早い減少が確認されました。この結果は、空間線量率の減少において、放射性崩壊のほか、放射性核種の環境動態(深度方向への移動や水平方向への流失)が寄与していること、また放射性核種の動態に伴う減少は、地面の舗装状況により異なることを示しています。住民の主要な生活空間である市街地は、道路や家屋といった不浸透面の占める割合が大きいことから、農地や森林よりも空間線量率の減少が早く、被ばく線量が軽減されていた可能性があります。

ヨーロッパではチェルノブイリ原子力発電所の事故以降、放射性核種の環境動態に基づく空間線量率の減少速度が研究されてきました。この減少速度を福島県のケースと比較するため、福島県に沈着した放射性核種の組成と、ヨーロッパで得られた代表的な減少速度に基づき、福島県における正規化線量率の経時変化を試算し、本研究で得た減少曲線と比較しました(図1-32)。その結果、事故後約50日以降において、浸透面における試算結果は、本研究で得た減少曲線よりも速やかに減少しました。また図1-32には示していませんが、不浸透面においても、試算結果が本研究で得た減少曲線よりも速やかに減少することが確認されました。以上の結果は、福島県ではヨーロッパよりも放射性核種の移行が緩やかであることを示しています。

本研究の成果は、空間線量率の将来予測や被ばく線量の遡及的な推定に役立つと考えられます。

(吉村 和也)