3-2 錯体の凝集現象を防ぐことで抽出効率を劇的に向上

−フッ素原子の強力な疎水性を利用した溶媒抽出法の開発−

図3-4 第三相の生成例

図3-4 第三相の生成例

抽出前は有機相と水相の二相であるが、抽出後は有機相にも水相にも溶解しない第三相を生成してしまいます。

 

図3-5 フルオラスリン酸エステル(Tri(4,4,5,5,6,6,7,7,7-nonafluoroheptyl)phosphate, TFP)とリン酸トリブチル(TBP)の構造

図3-5 フルオラスリン酸エステル(Tri(4,4,5,5,6,6,7,7,7-nonafluoroheptyl)phosphate, TFP)とリン酸トリブチル(TBP)の構造

TFP末端のC4F9基により、水の溶解度がほとんどゼロであるフルオラス溶媒への溶解性を担保しています。

 

図3-6 抽出剤によるZrの分配比(抽出効率)の硝酸濃度との関係

図3-6 抽出剤によるZrの分配比(抽出効率)の硝酸濃度との関係

この実験で用いたTFPの濃度は、TBPの10分の1でした。TFPを用いた場合、1000倍以上の分配比を示しており、これはTFPの抽出効率が高いことを意味しています。さらに、従来の有機抽出系では第三相を生成してしまうような高濃度のZrイオン及び硝酸濃度条件においても、フルオラス抽出系では安定な二相を形成し第三相が全く生成されませんでした。

 


放射性廃棄物の減容化と有害度の低減を目的とした分離変換技術では、様々な放射性核種を効率的に分離する技術が必要とされています。放射性核種などの金属イオンを選択的に分離する手法として、溶媒抽出法があります。溶媒抽出法は、水と混じり合わない溶媒(有機溶媒等の抽出相)によって、水溶液中から金属イオンなどの目的物質を抽出する、という放射性廃液の処理や有用金属の精製に広く実用化されている分離技術です。多量の金属イオンを含んでいる実廃液等の分離プロセスでは、抽出剤の種類や条件によって、水相にも有機相にも溶解しない不溶性の相(第三相)を生成するという問題があります(図3-4)。

この第三相は、高粘性であるため安定な操業を阻害することや、ウラン等の金属イオンが濃縮されているため臨界の危険性があるにもかかわらず、これまでは抜本的な解決策がありませんでした。この第三相の生成には、水分子や酸分子等の水素結合を起源とした凝集現象が大きく関わっていることが私たちの研究で明らかになってきたため、この水素結合を形成させなければ、おのずと第三相の生成を抑制できるのではないかと考えました。

本研究では、金属イオンの抽出剤として三つのフルオラス部位(−C4F9)を有するフルオラスリン酸エステル(TFP、図3-5左)を合成し、抽出媒体として多数のフッ化炭素により構成される液体であり、水の溶解度がほとんどゼロであるという性質を持つフルオラス溶媒を利用した新規フルオラス抽出系の開発を行いました。

核分裂生成物の一つであるジルコニウム(Zr)の抽出に関して、原子力分野で利用されている代表的な抽出剤であり、C4F9部分を持たない以外はTFPと同じ分子構造のリン酸トリブチル(TBP、図3-5右)と比較することにより、フルオラス抽出系の有用性を評価しました。その結果、TFPは、TBPの10分の1の試薬量であるにもかかわらず、幅広い硝酸濃度領域において、およそ1000倍以上のZrイオンの抽出能力を発揮しました(図3-6)。さらに、第三相生成の抑制効果を検証したところ、従来の有機抽出系では第三相を生成してしまうような高濃度のZrイオン及び硝酸濃度条件においても、フルオラス抽出系では安定な二相を形成し、第三相が全く生成されませんでした。Zrイオンを抽出したあとのフルオラス溶媒と有機溶媒の成分解析を行ったところ、フルオラス溶媒には、水分子も酸分子もほとんど含まれておらず、フルオラス溶媒の強力な疎水性により第三相の生成を抑制しつつも高い抽出能力を維持した可能性が示されました。今後、フルオラス抽出系を分離変換技術に適用するためには、フッ素含有抽出剤や希釈剤の放射線に対する耐久性を検討する必要があります。

本研究で開発したフルオラス抽出系は、原子力分野だけでなく、一般の工業分野における有用金属の分離などにおいても展開することが期待されます。

(上田 祐生)