原子力にかかわる技術の多くは、総合科学の結集として、その基盤が支えられています。しかし、原子力研究開発においては、10年後あるいは20年後に実用化される原子力利用の新しいフェーズに対し、その端緒を拓く研究を進めておくことも必須の課題です。
先端基礎研究センターでは、将来の原子力科学の萌芽となる未踏の研究分野を開拓し、新原理・新現象の発見や新物質の創製、さらには新技術の創出を実現し、学術の進歩と最先端の科学技術の振興を図ることを目指しています。
2015年度から始まった中長期計画では、アクチノイド先端基礎科学及び原子力先端材料科学の2分野で研究をスタートしました(図3-1)。
アクチノイド先端基礎科学では、新しい概念の創出を目指した物理・化学の基礎先端研究を、原子力先端材料科学では、新しいエネルギー材料物性機能の探索とそのための新物質開発を実施しています。そしてこれらの国際的研究活動の中心的役割を担うべく横断的な理論物理研究を進めています。これらの各分野間の連携や、原子力機構内外の研究組織との協力を通して、学術的・技術的に極めて強いインパクトを持った世界最先端の原子力科学研究を推進し、新原理・新現象の発見、新物質の創製、革新的技術の創出などを目指しています。
2019年度は、以下のような成果を挙げました。
重元素核科学の分野では、核分裂片の巨大双極子振動を観測-核分裂過程の解明に期待-(トピックス3-1)として、原子核の核分裂の際に引き起こす振動を、γ線観測により明らかにしました。核分裂のメカニズム及び原子核の構造の解明につながる成果です。
界面反応場化学の分野では、錯体の凝集現象を防ぐことで抽出効率を劇的に向上-フッ素原子の強力な疎水性を利用した溶媒抽出法の開発-(トピックス3-2)として、フッ素を利用した新たな溶媒抽出剤を開発しました。原子力分野をはじめとして広い分野に展開できると期待される成果です。
一方、重元素材料物性の分野では、ウランがもたらす超伝導の新しい物理-スピン三重項超伝導のメカニズムの探求-(トピックス3-3)として、ウラン化合物におけるスピン三重項超伝導体の磁気的揺らぎを明らかにしました。近年の国際的な研究競争が熾烈な新規な超伝導現象の解明につながると期待される成果です。
スピン–エネルギー材料物性の分野では、高速回転を用いて磁石の隠された特異点を発掘-磁気デバイス高速化の鍵“角運動量補償”の測定装置を開発-(トピックス3-4)として、角運動量補償と呼ばれる現象を測定するデバイスを開発し、その性質を明らかにしました。高速に作動する磁気メモリー開発につながると期待される成果です。
ナノ材料物性の分野では、電子を注入した酸化物材料に現れる「動きにくい電子」の正体とは?-素粒子ミュオンで解き明かす酸化物材料SrTiO3中の余剰電子の性質-(トピックス3-5)として、酸化物材料のエレクトロニクス的性質を特徴づける余剰電子の振る舞いを、ミュオンを用いて明らかにしました。従来のシリコン基盤を超えた酸化物エレクトロニクスの開発につながると期待される成果です。
また、先端理論物理の分野では、反応で明らかにする原子核の特異な形状-クラスター構造の発現と成立度-(トピックス3-6)として、原子核のαクラスター構造と呼ばれる状態の理論的検証を行いました。原子核内のクラスター構造を定量的に調べる理論解析法として期待される成果です。
先端基礎研究センターでは、以上に述べたような原子力基礎研究を通して、高い専門性を有し総合能力を発揮できるような原子力人材の育成も重要な課題として位置づけています。