3-4 高速回転を用いて磁石の隠された特異点を発掘

−磁気デバイス高速化の鍵“角運動量補償”の測定装置を開発−

図3-9 フェリ磁性体の模式図

図3-9 フェリ磁性体の模式図

(a)原子AとBにある電子の磁気モーメントが揃っていますが、その大きさが異なり、向きが逆になっています。このとき角運動量も互いに反対を向いています。
(b)AとBの角運動量の大きさが釣り合い、全体として角運動量が消失しています。この角運動量が釣り合う温度を角運動量補償温度と呼びます。

 

図3-10 磁化及びバーネット効果測定結果

図3-10 磁化及びバーネット効果測定結果

通常の磁化測定では、磁化が消失する磁気補償温度しか測れません。バーネット効果を使うと、回転誘起磁化が0になる温度として角運動量補償温度を測ることができます。

 


私たちの身の回りにある磁石の磁力の起源は、電子の角運動量です。角運動量とは回転の勢いを表す物理量で、電子の場合は自転運動に相当する「スピン角運動量」と原子核を中心とした公転運動に相当する「軌道角運動量」を持っています。この角運動量がミクロな磁石(磁気モーメント)として働き、その向きが揃うと磁化が生じ、磁石となります。

磁石の一種であるフェリ磁性体では、複数種の原子の磁気モーメントが図3-9(a)のように反対向きに整列しています。図3-9(a)の場合、原子Aの磁気モーメントがBよりも大きく、全体としては原子Aの矢印方向がN極の磁石となります。

一部のフェリ磁性体では、AとBの磁気モーメントや角運動量がある温度で釣り合うことが知られています。磁気モーメントが釣り合う温度は磁気補償温度と呼ばれ、この温度では磁化がなくなります。一方で、角運動量が釣り合う温度は角運動量補償温度と呼ばれ、図3-9(b)のように原子AとBの角運動量の大きさが釣り合って、全体として角運動量が消失します。しかし、磁化は残っているので磁石として機能します。この角運動量が消失する特異点は、通常の磁化測定では測ることができませんでした。

私たちはバーネット効果(磁石を回転させると回転方向に角運動量が揃い、磁化する現象)を利用して、フェリ磁性体Ho3Fe5O12の角運動量補償温度を世界で初めて決定しました。図3-10に磁石を回転することによって誘起される磁化の温度変化を示しています。角運動量補償温度(TA)では回転誘起磁化が0になっています。これは、角運動量が消失しているためにバーネット効果が働かなくなるためです。また、Ho3Fe5O12のホルミウム(Ho)の一部をジスプロシウム(Dy)に置換することで、角運動量補償温度が室温(293 K)となる材料の開発にも成功しました。

磁気メモリーでは磁化の向きを情報として記録しており、情報の書き換えのために磁化を反転する必要があります。通常の磁石では角運動量があるせいで、磁化を反転させる際にコマの首振り運動のように歳差運動してしまい、完全に反転するまでに時間がかかってしまいます。一方、角運動量が消失している角運動量補償温度では、磁化の向きを高速で変えることが可能であるため、磁気メモリーの高速作動につながる現象として注目されています。

回転を利用して角運動量補償温度を測定する本技術は、次世代高速磁気デバイス向けの材料探索につながると期待されます。

本研究は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)(No.JPMJER1402)及び日本学術振興会科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)(No.26103005)、基盤研究(A)(No.26247063)、基盤研究(B)(No.16H04023, No.17H02927)、基盤研究(C)(No.15K05153, No.16K06805)の助成を受けたものです。

(今井 正樹)