4-4 歯を用いた低線量外部被ばく推定法の開発

−遠心分離法による妨害因子の除去−

図4-9 放射線によって歯に生成する炭酸ラジカル

図4-9 放射線によって歯に生成する炭酸ラジカル

環境からの放射線にさらされると、歯の中に炭酸ラジカルが生成します。この炭酸ラジカルの寿命は1000万年以上といわれており、一度生成するとほとんど減ることがありません。

 

図4-10 線量と炭酸ラジカル量の関係の模式図

図4-10 線量と炭酸ラジカル量の関係の模式図

先行研究では検量線に対して、繰り返し測定のばらつきが大きかったのですが、本研究では遠心分離によってきれいにエナメル質を分離できたため、ばらつき及び予測区間(帯)が狭くなり、検出限界(標準偏差と予測区間で決定されます)が改善されました。

 


2011年の東日本大震災によって引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故において、放射性核種が環境中に放出され、ヒトや野生動物が低線量率で低線量の被ばくを受けました。ヒトの被ばくは曖昧な記憶に頼った行動記録と生活環境の線量率から推定するしかなく、動物の場合も過去の行動履歴を把握することは不可能で、動物の捕獲地点の線量率を元に計算で推定するしかない状況であり、正確な線量を調べる方法が必要でした。

通常、電子はペアになってクルクルと回っていますが(スピン)、ペアになれない電子(不対電子)も存在します。ラジカルは不対電子を持っており、電子スピン共鳴(ESR)装置を用いるとこのラジカルを検出することが可能です。

歯が放射線を浴びると、エナメル質中に1000万年以上の寿命を持つ炭酸ラジカルを生成します(図4-9)。ESR線量計測法は、この炭酸ラジカルの量を指標として、歯ができてから現在までの個体の被ばく線量の総量を実測する方法です。広島・長崎の原爆、チェルノブイリ原子力発電所事故の被ばく線量評価に利用されるほか、核テロ時の被ばく線量評価への利用も検討されています。しかし、この手法は高線量率で高線量の被ばく(数百mGyから数Gy)の評価を対象としてきたために検出限界線量は100 mGy〜200 mGyであり、1F事故で想定される低線量率で低線量の被ばく(100 mGy以下)を評価することは不可能でした。本手法の検出限界線量を改善し、将来的なヒト乳幼児の被ばく線量評価に適用するため、ヒトに近いニホンザルの歯を用いて低線量被ばくを評価できるようにしました。

ESR線量計測法においては、ESR測定を妨害する象牙質を取り除く必要があります。しかし、硬く・小さい動物の歯はヒトの歯のように歯科用ドリルで削り取って除去することは不可能でした。そこで、歯を粉々に砕いて粒子状にしたあと、エナメル質と象牙質の密度の違いを利用して遠心分離法で分離することを試みたところ、両者をきれいに分離することができるようになりました。

1F事故の影響を受けていない地域で捕獲されたニホンザルのエナメル質を用いて、50 mGyのγ線照射とESR測定を繰り返し、線量と炭酸ラジカルの量の関係(図4-10)を詳細に調べたところ、検出限界線量を40 mGy以下にまで改善することができました(赤破線矢印)。この高感度化されたESR線量計測法を福島県で捕獲された野生ニホンザルの被ばく線量評価に適用したところ、100 mGy以下の低線量被ばくを受けているニホンザルが複数発見されました。

本手法は、今後、アライグマやネズミなどの他の野生動物の生物影響研究の発展に寄与できると考えています。また、ヒトの乳歯に適用することで、放射線に対する感受性の高い乳幼児の詳細な被ばく線量評価にも取り組んでいきたいと考えています。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.18K09906)「乳歯を用いた福島県在住小児の外部被ばく量測定」の助成を受けたものです。

(岡 壽崇)



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