図8-6 解析に使用した入力データ
図8-7 自己組織化マップ(SOM)解析結果
人形峠環境技術センターから車で30分ほどの場所に位置する鳥取県三朝温泉は、放射性希ガスであるラドンを含んだ放射能泉として知られ、ラドン温泉を用いた温泉療養が経験的に行われてきました。私たちは、そのメカニズム解明と新規適応症の探索等を目的として、岡山大学と共同研究を行い、ラドンによる抗酸化能向上が酸化ストレス関連疾患を抑制していることを明らかにしました。しかし、酸化ストレス因子は放射線に限らず多く存在し、それに対する生体反応は複雑で、ラドンがどの程度酸化ストレス関連疾患を抑制しているかを評価することは困難でした。解析データは、低線量放射線または薬剤により、マウスの動物実験で疾患緩和効果が示された論文から収集しましたが、特にラドン曝露では、様々な生体反応が絡み合って酸化ストレスの状態を変化させているため、直接、抗酸化物質を投与した場合と比べて、酸化ストレスの状態がより複雑でした(図8-6)。そこで、各治療条件に対する抗酸化能の種々の情報をグルーピングして視覚的に把握できれば、この複雑な情報を整理して評価できると考え、これまで用いられてこなかった機械学習も視野に入れて検討しました。その結果、入力情報を学習しながら同じような情報の特徴を有する条件を近くに配置させていく機能を持つ視覚効果に優れた自己組織化マップ(Self–Organizing Maps:SOM)を用いて解析することにしました。
SOMは、競合学習型機械学習の教師なし人工ニューラルネットワークです。簡単に説明すると、出力マップ上に配置された入力データと同じ形式(多次元)のニューロンに対し、入力データを学習させ(学習率で値を掛け合わせる)、同じような特徴を持ったニューロン同士を自己組織的に近くに配置していきます。ニューロンがどのようなトポロジーで配置されるかだけが重要で、マップに軸は存在せず、各ニューロンの局所的な差をグレースケール等で表して評価します。SOMは、このようにデータの低次元化による可視化で情報を総合的に評価できる手法です。
多数のニューロンの中から知りたいデータに最も似ているニューロンを探索し、ラベリングしたのが図8-7です。本研究成果の一部を例として挙げました。疼痛モデルマウスから健康マウスのデータの集まりまでの空間には色の変化が少なく、特徴変化がなだらかであることが分かります。疼痛モデルマウスとラドン1000 Bq/m3の24時間吸入のプロットが近くに配置されているように見えますが、その間にデータの隔たりを示す薄い黒い影があるので、見た目の距離よりも特徴が違う(緩和効果がある)と評価できます。影響が複雑なラドンのデータはマップ全体に散らばっていましたが、濃度が高くなれば健康マウスのデータ側へ配置され、濃度依存性があることが直感的に理解でき、ラドンの効果が薬剤と比べてどの程度か、ラドンと薬剤との複合効果がどの程度か等を大まかに理解することができました。つまり、ラドンが鎮痛剤の代替として使える、あるいは、薬剤との併用効果を期待できる程度に酸化ストレス関連疾患を抑制している可能性などを評価することができました。
本研究では、複雑な低線量放射線の生体影響を評価する一手法としてSOMを用いた評価を行いました。今後は、ラドン以外の様々な因子による生体影響にも応用できるようSOMのアルゴリズム改良を進めたいと考えています。
(神ア 訓枝)