1-16 樹木中でセシウムはどのような状態で存在するのか

ー放射光を使ってセシウムが樹体内を移動しやすい理由を解明ー

図1-34 Csを吸着したスギ試料のEXAFSスペクトル解析結果

図1-34 Csを吸着したスギ試料のEXAFSスペクトル解析結果

EXAFSスペクトル振動を抽出し、フーリエ変換した結果です。実線が測定データで、点線はモデルによるフィッティング結果です。これにより原子間距離や配位数の情報が得られます。1 Åは0.1 nm (10-10 m)に相当します。

 

図1-35 樹木へのCs吸収と転流の概念図

図1-35 樹木へのCs吸収と転流の概念図

樹冠や樹幹に沈着した放射性Csが葉面や樹皮を経由して樹木中に吸収されます。その後、動きやすい化学形態(Cs+イオン)を保ちながら樹体内を転流していくと考えられます。より長い時間スケールでは、根も重要な吸収経路となります。

 


東京電力福島第一原子力発電所事故により環境中に放出された放射性セシウム(Cs)は、福島県を含む広範囲の陸域に沈着しました。特に、森林は福島県の面積の約70%を占めていることから、放射性Csの環境動態の理解のために多くの調査・研究が行われてきました。それらを通じて分かったことは、樹木中に取り込まれた放射性Csが時間とともに転流(樹木中を移動)しているということです。これは、放射性Csが樹木中で動きやすい化学形態であることを示唆しています。しかし、樹木中でのCsの化学状態について調べた研究はほとんどありませんでした。

そこで本研究では、広域X線吸収微細構造(EXAFS)法を用いてこの課題に取り組みました。まず、福島県の森林でスギ、アカマツ、コナラ、コシアブラを採取しました。ここで、スギ、アカマツは福島県の代表的な常緑樹、コナラ、コシアブラは落葉広葉樹としてそれぞれ研究対象としました。採取した試料は、それぞれ樹葉、樹皮、心材、辺材の各部位に切り分けた後、粉砕しました。この粉砕試料を安定Csを含む水溶液中に浸してCsを吸着させました。そして、樹木の各部位にCsがどのように吸着しているのかを調べるために放射光施設においてEXAFSスペクトル測定を行いました。

スギ試料の測定から、どの部位も水和Cs+イオン(CsCl水溶液)と同様のEXAFSスペクトルが得られました(図1-34)。また、EXAFSスペクトルの解析結果からは、Csとその周りにいる水分子の酸素原子に由来するピークのみが見られました。これは、Cs+イオンが水分子を周りに伴った(水和)状態であることを示しており、樹木組織表面のサイト(水素イオンが解離し、負に帯電したカルボキシル基やヒドロキシ基等)に静電的に吸着した状態であると考えられます。これを外圏型表面錯体(以下、外圏錯体)といいます。しかし、こうした外圏錯体は比較的弱い吸着形態ですので、樹幹流や樹液中の他の陽イオン(K+やCa2+など)との競合により、実際の樹木組織にはCsはほとんど吸着しないと考えられます。このことから、樹木中に取り込まれた放射性Csは動きやすい化学形態(Cs+イオン)を保ちながら、樹体内を転流していくものと解釈できます(図1-35)。

こうした外圏錯体によるCs吸着はスギだけでなく、アカマツ、コナラ、コシアブラに対しても同様の結果が得られました。樹木中の放射性Csの分布を支配する要因としては1)Csの化学状態、及び2)植物生理学的性質の二つに大きく分けることができます。本研究の成果は、1)を明らかにしたことであり、今後2)について個々の樹種の研究が進むことで、森林における放射性Csの動態の全容が明らかになると考えています。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(No.JP15K12206)「森林に沈着した強放射能粒子の探索及び樹葉による葉面吸収機構の解明」の助成を受けたものです。 

(田中 万也)




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