2-1 原子力災害時に甲状腺被ばく線量を正確に把握する

ー小型で持ち運びが容易な甲状腺ヨウ素モニタの開発ー

図2-4 開発した甲状腺ヨウ素モニタ

図2-4 開発した甲状腺ヨウ素モニタ

箱型の遮蔽体の中に、エネルギー分解能の良いγ線検出器を2個配置します。周囲の環境からのバックグラウンド放射線を遮蔽し、甲状腺に集まった放射性ヨウ素からのγ線を選択的に検出することができます。卓上型であり、避難所等でも簡単に設置できます。

 

図2-5 測定の様子

図2-5 測定の様子

甲状腺ヨウ素モニタの上に首をのせた姿勢で測定します。

 

図2-6 本モニタで測定可能な甲状腺等価線量の下限値

拡大図 (99kB)

図2-6 本モニタで測定可能な甲状腺等価線量の下限値

高バックグラウンド線量率下でも十分な測定性能が得られます。甲状腺に同量の放射性ヨウ素が存在する場合でも、線量換算係数の大きい小児の方が、測定下限値が大きくなります。

 


原子力災害時など、環境中に放射性ヨウ素を含む大量の放射性物質が放出されるようなケースにおいては、多くの住民や緊急作業者を対象として、甲状腺モニタリングを行う必要があります。甲状腺モニタリングでは、甲状腺に集まった放射性ヨウ素からのγ線を体外測定することにより、放射性ヨウ素の摂取量を定量し、内部被ばく線量を評価します。放射性ヨウ素の半減期は短いため(131Iは、約8日)、摂取後できるだけ早く測定を行う必要があります。ところが、病院などに設置されている既存の核医学用甲状腺モニタは、大型・固定式である場合がほとんどで、緊急時に現地に持ち込んで使用することはできません。このため、多数の住民の甲状腺測定を、短期間に実施することは容易ではありません。東京電力福島第一原子力発電所事故の際は、空間線量測定用のサーベイメータを用いて、簡易的な甲状腺測定が行われた例もありますが、高バックグラウンド線量率下では、甲状腺摂取量を正確に評価することが困難なケースも報告されています。

そこで、私たちは、緊急時に避難所等へ持ち込んで使用することができ、かつ高バックグラウンド線量率下においても精度の良い測定が可能な甲状腺ヨウ素モニタを開発しました。開発したモニタは、図2-4に示すように、箱型の遮蔽体(鉛・タングステン合金)の内部に、エネルギー分解能の優れたγ線検出器を2個配置した構造をとります。周囲の環境からのバックグラウンド放射線を遮蔽し、甲状腺に集まった放射性ヨウ素からの信号を選択的に検出することができます。使用するγ線検出器は、想定される測定条件に応じて、LaBr3(Ce)シンチレーション検出器(高検出効率モデル)、または、CdZnTe半導体検出器(高エネルギー分解能モデル)から選択可能です。甲状腺ヨウ素モニタの上部に被検者の首をのせた姿勢で測定する卓上型を採用しており(図2-5)、机と椅子さえ準備できれば、避難所等でも容易に設営することができます。

原子力機構 原子力科学研究所 放射線標準施設のγ線照射場を用いて高バックグラウンド線量率下を模擬した環境において、開発した甲状腺ヨウ素モニタの性能試験を実施しました。測定可能な甲状腺等価線量の下限値を評価したものが図2-6になります。高バックグラウンド線量率下において、成人と子供(5歳児)のいずれについても、健康影響調査が必要と考えられるレベル(約100 mSv)よりも十分低い甲状腺等価線量が測定可能であることを確認できました。その他、精度の良い測定を行うために必要な、モニタの校正法や、バックグラウンド補正法などの周辺技術もあわせて整備済みです。

今後は、本甲状腺ヨウ素モニタを製品化し、原子力防災用として、発災場所となり得る原子力施設や、それらが立地する道府県のオフサイトセンター等へ配備することを目指します。また、ヨウ素内用療法などの核医学分野への展開も検討しています。

本成果は、原子力規制委員会原子力規制庁からの受託研究「平成29〜31年度放射線対策委託費(放射線安全規制研究戦略的推進事業費(No.JPJ007057))」において得られたものです。

(西野 翔)