4-1 高エネルギー中性子利用の促進に向けて

ー基礎科学や医療のための核反応データベースを開発ー

図4-2 種々の中性子源から得られる中性子のエネルギー分布(最大値を1に規格化、原子炉は0.1 MeV以上)

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図4-2 種々の中性子源から得られる中性子のエネルギー分布(最大値を1に規格化、原子炉は0.1 MeV以上)

J−PARC等の陽子加速器を用いた核破砕中性子源や原子炉、電子加速器から得られる中性子の多くは10 MeV以下です。一方、重陽子加速器を用いると10 MeV以上の中性子が多く得られます(実線はリチウムに40 MeVの重陽子を衝突させた際の実験値)。

 

図4-3 重陽子加速器を用いた中性子源のシミュレーション結果

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図4-3 重陽子加速器を用いた中性子源のシミュレーション結果

実線は図4−2の実線に実験誤差を付与して表示したものです。破線はJENDL/DEU−2020のデータを参照してシミュレーションソフトPHITSで計算を行った結果です。点線はPHITSに内蔵されている核反応計算手法を用いて計算を行った結果です。

 


基礎科学から産業応用まで、中性子の利用は大きな広がりを見せています。その中で、原子核物理や医療、核融合炉開発などの分野では、10 MeV以上の高いエネルギーを持った中性子が大量に必要とされはじめています。しかし、原子炉などを用いた従来の中性子源では、こうした要求を満足させる中性子を供給することはできません(図4-2)。そこで、10 MeV以上の中性子を効率良く得るための新たな中性子源として、陽子一つと中性子一つからなる粒子である「重陽子」による核反応を用いたものが提案されています。

利用目的に応じた様々な仕様の中性子源を設計し、その性能を検討するには、重陽子を標的に衝突させた際に発生する中性子の量を様々な条件(重陽子の運動エネルギー、標的物質の種類など)で精度良く予測できなければなりません。しかし、後述するように、従来のシミュレーションソフトでは信頼性の高い予測ができませんでした。これはシミュレーションソフトに内蔵されている核反応計算手法が、重陽子の持つ量子力学的な波としての性質を十分に取り入れておらず、物質を構成している原子核と重陽子が反応する確率(重陽子反応断面積)を精度良く予測することができないためです。

本研究では、量子力学的効果を考慮した複数の理論モデルを物理的な整合性を保ちつつ組み合わせることで、重陽子反応断面積を予測する新たな計算手法を開発しました。さらに、中性子源の設計に適用できるよう、本計算手法による重陽子反応断面積の予測値をシミュレーションソフト内で参照できるデータ形式にまとめ、重陽子加速器を用いた中性子源設計用の核反応データベースJENDL/DEU-2020として整備しました。

JENDL/DEU-2020を用いたシミュレーションの精度検証結果の一例を図4-3に示します。図の通り、重陽子反応断面積としてJENDL/DEU-2020のデータを用いることで、シミュレーションソフトに内蔵の核反応計算手法から求めた重陽子反応断面積を用いた場合よりも実験値の予測精度が大幅に向上しています。また、これ以外の条件においても同程度の予測精度の向上が確認できました。

JENDL/DEU-2020を使用することで、シミュレーションの信頼性が大きく向上します。これにより、経験や実測に依存せずに中性子源の設計や運用が可能になり、今後、基礎科学や医療、材料開発など幅広い分野において高エネルギー中性子の利用が促進されることが期待されます。

本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(No.JP19K15483)「低エネルギー重陽子核反応の高精度計算とそれに基づく小型中性子源の検討」の助成を受けて実施しました。

(中山 梓介)