4 原子力基礎工学研究

原子力科学の共通基盤技術を維持・強化して原子力利用技術を創出

図4-1 原子力基礎工学研究の概要

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図4-1 原子力基礎工学研究の概要

原子力科学の共通基盤技術を維持・強化しています。さらに、東京電力福島第一原子力発電所(1F)の廃止措置等に知識基盤を提供するとともに、軽水炉の安全性向上技術、放射性廃棄物の有害度を低減させる分離変換技術などの研究開発も進めています。

 


原子力エネルギーの利用や放射線利用は、基礎となるデータベースやシミュレーション解析コードなどのツール、分析技術、現象のメカニズムに関わる知識など共通基盤技術・知識基盤によって支えられています。私たちは常に新技術の創出と最新の知見や技術を取り込みながら研究開発を行い、産業界・大学・政府機関などに提供をしています。また、軽水炉の安全性向上技術や放射性廃棄物の有害度を減らす分離変換技術など新しい原子力利用技術の研究開発も行っています。本章では、近年の研究開発による成果を紹介します(図4-1)。

原子核物理や医療分野での利用に向けて、重陽子による核反応を用いた新たな高エネルギー中性子源が提案されています。今回、従来の計算手法では十分に考慮されていなかった量子力学的効果を取り入れることで、重陽子による核反応断面積を精度良く予測する計算手法を開発しました。また、本手法の計算値を基に核反応データベースJENDL/DEU-2020を整備しました。これを利用することで様々な中性子源の設計が容易になり、高エネルギー中性子の利用が促進されることが期待されます(トピックス4-1)。

核反応断面積などの原子核固有の情報を表す核データは、原子力利用に欠かすことのできない知の基盤データです。近年、注目されている機械学習を用いて核データを評価する手法を提案しました。本手法を用いることで高精度の評価値とその不確かさ情報を併せ持つ高品質の核データベースの開発への貢献が期待できます(トピックス4-2)。

東京電力福島第一原子力発電所で発生した燃料デブリの化学的状態の知見は廃炉工程を左右する重要な情報の一つです。今回、デブリの分析の手法として、極微量のサンプルや、強い放射線に対しても適用可能である顕微ラマン分光分析に注目しました。本手法を用いてウラン酸化物と過酸化水素との反応を測定したところ、2種類のウラニル過酸化物が生成すること、その分布状態をミクロンオーダーで可視化できました。本手法を実デブリに適用することでデブリの性状把握への貢献が期待できます(トピックス4-3)。

放射線被爆の線量評価においては、状況に合わせた詳細な臓器線量評価が不可欠であり、これまで人体模型モデル等の整備・改良を進めてきました。近年において第一原理に基づいた計算コードの利用が増えていることから、最新の計算科学技術を用いて代表的な被爆条件に対する臓器線量を再評価しました。その結果、多くの臓器では10%の範囲内で一致しており、現在の線量評価推定が十分な精度を有することが分かりました。本成果により、より精度の高い線量評価システム構築への貢献が期待できます(トピックス4-4)。

これまで、原子力事故時の放射性物質の大気拡散過程解析に用いてきた世界版緊急時環境線量情報予測システムWSPEEDIは、高度な気象データを用いることから計算時間を要し、様々な条件の計算結果を比較検討することは困難でした。今回、WSPEEDIによる計算結果を即座に作成できる新たな計算手法となる大気拡散データベースシステムWSPEEDI-DBを開発しました。本手法を用いた様々な気象条件における大気拡散計算結果は、モニタリングポスト計画の最適化や防災訓練への活用が期待できます(トピックス4-5)。

高強度アルミニウムは、航空宇宙分野やスポーツ用品等で広く使われていますが、破壊現象の一つである水素脆化が知られています。今回、ナノスケールの実験観察と電子状態計算から原子レベルの欠陥構造の挙動を予測し、水素が集積することで自発的剥破壊が生じることを明らかにしました。計算機による効率的な合金設計が可能であることから、我が国の製造業の発展に貢献することが期待されます(トピックス4-6)。

高レベル放射性廃棄物の有害度を低減する加速器駆動システム(ADS)の陽子ビームによる材料損傷評価に必要な弾き出し断面積を初めて測定しました。また、最新の分子動力学モデルを原子力機構が中心となって開発している粒子輸送計算コートド(PHITS)に組み込んだ計算結果は測定値と良い一致を示しました。本手法により材料損傷評価の精度を向上できることから、高エネルギー加速器施設のさらなる安全性向上が期待できます(トピックス4-7)。