図4-6 過酸化水素水に浸漬したU3O8のラマンスペクトル測定結果の例
図4-7 U3O8表面上に生成した2種類のウラニル過酸化物の分布と光学顕微鏡画像
図4-8 シュトゥットの生成量を横軸にメタシュトゥットの生成量を縦軸にプロットした散布図
東京電力福島第一原子力発電所の事故で発生した燃料デブリは、核燃料と構造材などが溶け混ざり冷え固まって生成した未知の複雑な固体物質であると考えられます。燃料デブリがどの様な化学物質から成り立っているかなどの化学的状態の知見は、今後の炉内からの取出しや、デブリの保管、処理・処分などの廃炉工程を左右する重要な情報の一つになると考えられます。しかしながら燃料デブリの化学的状態を明らかにする方法は定まっていません。
そこで本研究では、詳細な化学状態の分析を行うことができる、顕微ラマン分光法の利用に着目しました。顕微ラマン分光法は、対物レンズを通してレーザー光を試料に照射し、散乱する光の分光・検出により試料の振動構造情報を得る測定法です。測定には試料の前処理の必要がなく、さらには、極微少量のサンプルに対しても行うことができるため、高い放射能を持つ燃料デブリの測定を安全で簡単にできる可能性が高いことが大きな特徴です。
燃料デブリは、炉内で水と接触しているため水の放射線分解により発生した過酸化水素などと反応して、事故直後とは異なった化学的状態にあると予想されます。本研究では、この燃料デブリの経年変化を踏まえた分析を将来可能とすることを見据えて、基礎的なウラン酸化物の一つであるU3O8が過酸化水素と反応して変化した様子を顕微ラマン分光法により観測しました。
ラマン測定の結果、過酸化水素との反応によりU3O8表面にシュトゥットとメタシュトゥットという水和数の異なる2種類のウラニル過酸化物が生成したことが明らかになりました(図4-6)。また、これらの生成物の試料表面における分布を観測したところ、メタシュトゥットよりもシュトゥットの方が優勢的に生成したことが分かりました(図4-7)。さらに、シュトゥットとメタシュトゥットの生成量の間に相関が観測されなかったことから(図4-8)、これらの2種類のウラニル過酸化物はそれぞれ独立に生成したと示唆されます。
ウラニル過酸化物は、使用済核燃料やUO2の酸化反応によっても生成することが知られています。また最近では、より実際の燃料デブリに近い、ウラン-ステンレス鋼-ジルコニウム系の模擬デブリとの反応でも生成することが分かってきています。したがって、実際の燃料デブリでもウラニル過酸化物が生成している可能性があり、ウラニル過酸化物を分析することにより燃料デブリの経年変化に関わる情報が得られると考えられます。さらに、顕微ラマン分光法はウラニル過酸化物以外の化合物も分析可能であるため、複雑な混合物と考えられている燃料デブリの正確な性状把握に貢献すると期待されます。
本研究は、原子力機構「英知を結集した原子力科学技術・人材育成事業」(JPJA18P18071886)の助成を受けたものです。
(日下 良二)