図4-9 本研究の実施体制
図4-10 代表的な被爆条件に対して本研究と現在使われている線量推定システムで計算した臓器線量の差分
原爆被爆者の健康影響に対する疫学調査結果は、国際放射線防護委員会が放射線防護に関する勧告を策定する際、最も重要な基礎データとして利用されています。その疫学調査には、各人の被爆状況に合わせた詳細な臓器線量評価が不可欠となり、放射線影響研究所が中心となって原爆被爆者線量推定システムを数十年にわたって整備・改良してきました。そのシステムでは、計算した光子や中性子の強度から被爆者の臓器線量を推定するために、1980年代に開発された三つの年齢群に対する数式人体模型と、当時の計算機性能でも動作可能な近似式を多く含む放射線挙動解析コードが採用されています。しかし、近年の放射線防護研究や医学物理計算では、近似を使わない第一原理計算に基づいて個々の放射線挙動を追跡する計算コードやCT画像などから構築した詳細な人体模型の利用が増えてきており、原爆被爆者の臓器線量推定システムでもそれら最新の計算技術を用いた再評価が望まれていました。
このような背景から、私たちの研究グループでは、図4-9に示す日米共同研究体制を確立し、最新の計算科学技術を用いて代表的な被爆条件に対する臓器線量を再評価しました。具体的には、①1945年の日本人標準体型に調整した成人男女及び年齢別小児男女に対する人体模型の開発、②1945年の典型的な日本人標準体型に調整した在胎週別妊婦に対する人体模型の開発、③それら人体模型と原子力機構が中心となって開発を進める最新の放射線挙動解析コードPHITSを組み合わせた代表的な被爆条件に対する臓器線量計算、④様々な照射条件に対する臓器線量データセットの整備を実施しました。
代表的な被爆条件に対して、本研究と現在使われている線量推定システムで計算した臓器線量の差分を図4-10に示します。図より、多くの臓器に対して、両者は10%の範囲内で一致することが分かります。これは、現在の線量推定システムが様々な近似を導入しているものの十分な精度を有していることを改めて示した結果と言えます。一方、結腸や骨髄に対しては、両者は最大で約±15%の差があることが分かりました。これは、臓器形状を精緻に再現し、より近似の少ない放射線挙動解析コードを採用した効果と考えられます。今後は、本研究成果を原爆被爆者線量推定システムに取り込み、より精度の高い疫学調査や、それに基づくリスクモデルの更新を予定しています。
本研究は、放射線影響研究所との共同研究「原爆被爆者に対する被ばく線量計算手法の開発に関する共同研究」の成果の一部です。
(佐藤 達彦)