図8-27 高レベル放射性廃棄物の地層処分の概念図
図8-28 分極測定結果
高レベル放射性廃棄物の地層処分では、ガラス固化体を封入する容器である炭素鋼製のオーバーパックはベントナイトを主な構成材料とした緩衝材で周囲を覆われた状態で埋設されます(図8-27)。炭素鋼の腐食形態は、不働態化が発生しない場合には全面腐食、発生する場合には局部腐食となります。不働態化は耐食性の良い薄い酸化被膜(不働態皮膜)が金属表面に生成する現象です。全面腐食の場合、腐食速度に基づいて腐食量を推定することができるため、炭素鋼製オーバーパックの寿命を予測することができます。一方、局部腐食では孔食などの激しい腐食が起こりうるため、全面腐食の場合よりも短期間で炭素鋼製オーバーパックが腐食により貫通する可能性があります。したがって、局部腐食の起こらない条件で炭素鋼製オーバーパックを使用することが重要です。このことから処分環境で不働態化を起こす条件を把握する必要があります。このため従来より炭酸に富む地下水環境など、不働態化しやすいとされる条件での調査が行われています*1。他方、近年、処分に向けての廃棄物輸送の観点から、沿岸域近くでの立地が好ましい*2と考えられ、そうした場の地下水環境を想定した調査も必要となっています。
本研究では、アノード/カソード分極測定により、模擬緩衝材(ベントナイト)に覆われた状態での炭素鋼の腐食挙動を調査しました。地層処分で想定している地下の環境を模擬するため、雰囲気は低酸素雰囲気とし、試験溶液には沿岸部の地下水を想定し、海水起源の地下水と降水起源の地下水が混合した地下水を想定した水溶液(人工海水を蒸留水で希釈した水溶液)を用いました。また、炭素鋼の不働態化が生じやすいことが知られている高pH環境での不働態化挙動を検討するためpHは8.5、10、12に調整しました。緩衝材に炭素鋼電極を埋め込み、低酸素グローブボックス内で試験溶液を真空含浸させ80 ℃まで昇温させた後、アノード/カソード分極測定を実施しました。比較のため、緩衝材に覆われていない条件でも測定を行いました。
図8-28に測定結果を示します。緩衝材なしの条件では、pH 12で不働態化の兆候と考えられる電流の停滞が観察されました。一方、緩衝材ありの条件では、どのpH条件でも不働態化を示す挙動は観察されませんでした。これは、緩衝材の持つpH緩衝作用により炭素鋼に接する溶液(ベントナイト間隙水)のpHが低下した結果、試験溶液が高pHであっても不働態化しなかったと考えられます。また、いずれの場合にも、試験溶液のイオン強度に依存した変化は確認できませんでした。
これらの結果から、沿岸部の地下水を想定した溶液条件で、炭素鋼の不働態化が起きやすいとされる高pH条件においても、緩衝材に周囲を覆われていれば不働態化が発生する可能性は低く、腐食形態は全面腐食であることが分かりました。これらの成果は、沿岸域での地層処分における炭素鋼製オーバーパックの腐食に対し、全面腐食を基本とする腐食評価モデルの適用性が確認できました。
本研究は、経済産業省資源エネルギー庁からの受託事業「平成29年度、平成30年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(沿岸部処分システム高度化開発)」において得られた成果の一部です。
(北山 彩水)
*1 谷口直樹ほか, 圧縮ベントナイト中における炭素鋼の腐食形態と腐食速度の評価, JNC-TN8400 99-003, 1999, 88p.
*2 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会 地層処分技術WG, 地層処分に関する地域の科学的な特性の提示に係る要件・基準の検討結果, 2017, p.59-62.