図5-12 鉛を含まない圧電材料として期待されているチタン酸ビスマスナトリウムの結晶構造(Bi:ビスマス、Na:ナトリウム、Ti:チタン、O:酸素)
図5-13 (a)チタン酸ビスマスナトリウムの2体相関分布関数、(b)2体相関分布関数をモデルフィットすることによって得られた構造
圧電体は、電圧を掛けると伸び縮みするユニークな物質です。圧電現象には、電場により正と負のイオンの位置が変位し、表面に正と負の電荷が現れる性質(分極)が利用されています。現在主流の圧電材料には鉛が使われていますが、環境や人体への影響を踏まえ、非鉛材料の開発が望まれています。そのような系の候補として、チタン酸ビスマスナトリウム(Bi0.5Na0.5TiO3:BNT)が注目されています(図5-12)。中央に示したBi/NaにはBiとNaが半分ずつの割合で存在し、金属イオンと酸素イオンの位置が相対的にずれることによって分極が生じます。BNTは室温で分極を示しますが、温度を上げると100 ℃付近で一旦分極が消失し、200 ℃以上の高温相で室温より大きな分極が現れます。すなわち、高温での分極の起源を明らかにすることで、より優れた圧電材料を開発できると期待されています。
新奇な圧電材料の開発には、内部のミクロな構造を観察することが必要になります。一般的な粉末X線結晶構造解析では、周期的な構造を仮定して平均構造を求めます。しかし圧電体ではイオン位置の乱れなどから周期構造が失われていることがあり、イオンの位置を平均構造の解析から求めることは困難となります。私たちはこれまで、大型放射光施設SPring-8において高エネルギーX線を利用した2体相関分布関数(Pair Distribution Function: PDF)という手法を提案してきました。これは、物質中の原子間距離の分布から詳細な構造を推定するもので、特に放射光を利用すると、周期性からずれたナノメーター(10−9 m)程度の微小な構造の変化を短時間で高精度に求めることができます。
本研究では、BNTの高温相におけるイオンの位置を明らかにするため、PDF解析を行いました。図5-13(a)は室温(━線)と高温相(━線)において得られたPDFです。原子と原子の距離を反映したいくつかのピークが観測されました。特に高温相において、4 Åに現れるBi/Na-Bi/Na間の距離に相当するピークの強度が温度とともに減少しています。これは、Biイオンの位置が、周期的構造(図5-12)を仮定した平均構造における位置からずれていることを示します。この結果から図5-13(b)の構造が明らかになりました。BNTの高温相においては、Biが矢印の方向にずれることによって大きな分極が生み出されることが分かりました。
このように、PDF解析を使うことによって一般的な構造解析では不明であった分極発現機構を明らかにしました。現在、Biイオンの大きなずれを室温においても実現する優れた圧電体を開発するため、構成元素を変えるなどの試みにより研究開発を継続しています。
本研究は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(C)(JP19K04502)「ハイブリッド構造を利用した人工リラクサーの作製と次世代多機能材料創製への応用」の助成を受けたものです。
(米田 安宏)