5-5 中性子散乱が拓くガラス固化技術の高度化研究

−添加剤に誘起されるホウケイ酸ガラスのナノ構造変化を解明−

図5-11 ガラス固化用ホウケイ酸ガラスで得られた中性子小角散乱(SANS)測定の結果

拡大図(169kB)

図5-11 ガラス固化用ホウケイ酸ガラスで得られた中性子小角散乱(SANS)測定の結果

(a)Na2O の添加量を変化させた4 種類の試料 [0wt% 、2wt%、4wt%、10wt%] によるSANS データです。矢印で示したピーク位置(Qm)とナノドメインの周期サイズ(D)には反比例の関係(D = 2π/Qm)が成り立つため、Na2O 量が増加するほど周期構造のサイズが小さくなることを示しています。(b)ホウケイ酸ガラス(Na2O を10wt% 含む)へのZnO/CaO とLi2O の添加効果を調べる目的で測定した4 種類の試料 [ZnO/CaO、Li2O なし、ZnO/CaO 添加、ZnO/CaO、Li2O 添加、Li2O添加] のSANS データです。ZnO/CaO を添加したのデータにおいてショルダーピークが現れたことは、ガラス中にナノサイズの析出物が形成されたことを反映しています。

 


放射性廃棄物のガラス固化研究は長年継続されていますが、主として減容化、安定性・耐久性の観点から作製条件の最適化が進められてきました。その一方で、ガラス化処理過程で現れる白金族元素の析出やイエローフェイズ(モリブデン酸塩による結晶相)の発生等が顕在化した問題として残されています。今後、さらにガラス固化技術の高度化を進めるには、材料の微視的構造を理解して、その知見を材料設計にフィードバックしていく必要があると私たちは考えています。

既存のガラス固化に用いるホウケイ酸ガラスには、性能向上を目的として、例えば、ガラスの融点降下にLi2O、耐水性向上にAl2O3、分相の抑制にZnO/CaOが添加されています。ところが、これらの成分がナノスケールでのガラス構造に対してどのような影響を与えるのか、構造科学としての裏付けは進んでいないのが現状です。そこで私たちは、ホウケイ酸ガラスに含まれる添加剤(Na2O及びZnO/CaO、Li2O)がナノ構造に与える影響を中性子小角散乱(SANS)法で明らかにする研究を進めました。

図5-11(a)は、Na2O添加量を変化させてSANS測定を行った結果です。波数0.06~0.25 nm−1に観測されたピークは、ガラス内部に周期的なナノドメインが形成されたことを示しています。その周期サイズDはピーク位置Qmから定量され、Na2O量の増加に伴い小さくなることが分かります。添加量10wt%では、ピークは消失し周期構造は形成されません。ガラス組成と周期サイズの関係から、ホウ素とケイ素をリッチに含む2種類のドメインが周期的に分布していると考えられています。各ドメインには、それぞれ取り込まれやすい放射性核種が偏在する可能性が高く、有益な構造情報を得ることができました。次に、ZnO/CaO、Li2Oの添加による影響を調べた結果を図5-11(b)に示します。ZnO/CaOを含む試料では明瞭なショルダーピークが観測され、数ナノの析出物が形成されたことが分かります。本来、ZnO/CaOは分相抑制を期待して添加されますが、ナノスケールでは不均一を形成する方向に作用することが分かりました。一方、Li2Oを同時に加えた試料ではショルダーピークは観測されず析出物は形成されません。ZnO/CaOとLi2Oを同時に添加する場合には、ガラス内の不均一を抑制できることが明らかになりました。今後、中性子散乱法による分析を進めることで構造科学的な理解がさらに深まるはずです。そこで得られる知見は、ガラス固化技術の高度化に寄与するものとして期待されています。

本研究は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(B)(JP18H01921)「中性子線による構造学的理解が拓くガラス固化技術の高度化」の助成を受けたものです。

(元川 竜平)