図5-14 Eu化合物の価数の不安定性
図5-15 EuNi2P2のバンド構造と計算の比較
希土類化合物は、多様な超伝導など複雑な物性を示すことから、強相関電子系の中でも重要な位置を占めています。また、希土類元素は強い磁力を持つ永久磁石の材料になることから、その化合物は高機能磁気デバイスの素材となるポテンシャルを持ちます。これらの物性の本質は、希土類元素が持つ4ƒ電子にあります。これらの4ƒ電子が他の電子軌道と混ざりながら、結晶中を飛び回る遍歴性を獲得し、バンド・フェルミ面を形成することにより、多様な磁性・超伝導現象を引き起こします。ただし、このような遍歴性を持つためには、4ƒ電子の束縛エネルギーが比較的小さいことが必要であり、超伝導を示す物質系はセリウム(Ce)、イッテルビウム(Yb)化合物に限られていました。しかし、近年、ユウロピウム(Eu)化合物においても4ƒ電子が遍歴性を獲得して特異な物性を示すものがあることが分かってきており、注目されています。
希土類化合物中の希土類元素は、そのほとんどにおいて3価が安定になることが知られています。しかし、Eu化合物では2価と3価状態のエネルギー差が小さいため、図5-14に示すように伝導電子とのやり取りを通じて4ƒ電子数が不安定になるという特徴があります。4ƒ電子数の不安定性は、比較的簡単に4ƒ電子が結晶中を動き回りやすくなることを意味し、それがEu化合物の物性の起源であると言えます。現時点では超伝導を示すEu化合物の報告はありませんが、4ƒ電子の電子相関効果により電子の質量が極めて大きくなる重い電子状態の発現がいくつかの化合物で報告されています。
今回私たちは、Eu化合物で初めて重い電子状態が観測されたEuNi2P2という物質に対して、角度分解光電子分光実験をSPring-8の原子力機構専用軟X線ビームライン(BL23SU)で実施しました。角度分解光電子分光法は放出された電子の運動エネルギーと放出角度を測定することにより、物質のバンド構造を直接観測できる手法です。
図5-15(a)はEuNi2P2に対する角度分解光電子分光法により得られたバンド構造を示します。実験の結果、Eu 4ƒ電子が作るフラットなバンド構造を明瞭に観測することができました。バンドがフラットであることは電子の有効質量が大きいことを意味し、このバンド形状が重い電子状態の起源であると考えられます。また、理論計算(図5-15(b))との比較の結果、4ƒ軌道は、Niの3d 等の他軌道と混成していることが明らかとなりました。この結果から、価数の不安定性によりEuの4ƒ電子が遍歴性を獲得し、他の電子軌道と共同でバンド構造を形成していることが明らかになりました。また、4ƒ成分はフェルミ準位にも存在することを確認することができました。電気伝導や熱物性はフェルミ準位の電子の運動によって決まるため、これは4ƒ軌道由来の重い電子が物性に大きな影響を与えていることを意味します。
この結果はEu化合物において重い電子状態が形成されるメカニズムを解明する上で大きな手掛かりになると考えられます。今後はEuNi2P2のような4ƒ電子が遍歴する重い電子系物質で、超伝導などの新しい物性が発見され、Eu化合物の研究がさらに展開していくことが期待されます。
(川崎 郁斗)