図1 (a)HI濃縮電解電気透析の原理と(b)カチオン交換膜内部の透過モデル
図2 架橋を導入したカチオン交換膜の体積膨潤率の測定結果
図3 架橋を導入したカチオン交換膜のH+輸率の測定結果
高温ガス炉を用いたカーボンフリー水素製造技術として、ヨウ素と硫黄の化学反応を組み合わせて、水を分解する熱化学法水素製造法ISプロセス(IS法)の研究開発を進めています。IS法では水にヨウ素と二酸化硫黄を反応させることで、硫酸とヨウ化水素酸(HI)の2種類の酸を生成します。生成したHIはカチオン交換膜を組み込んだ電解セルを用いた電解電気透析器(EED)により濃縮します(図1(a))。IS法の効率向上には、EEDで消費されるエネルギー削減が必要で、そのために、カチオン交換膜に高い導電性と高いH+選択性が求められます。
これまでに、私たちは量子科学技術研究開発機構で開発している放射線グラフト重合法による製膜技術を利用し、高い導電率を持つカチオン交換膜を製膜することができましたが、導電性とH+選択性はトレードオフの関係となり、両立できないことが問題でした。
この問題に対して、HI濃縮時の膜内部における物質の透過現象を模擬した数理モデル(EEDモデル)(図1(b))を用いることで、導電性とH+選択性がトレードオフになる原因を検討しました。イオン交換基を持つ親水性のグラフト鎖を増やすことで、H+が透過しやすくなり導電性が向上しますが、同時に、膜内へ吸収されるHI溶液量も増え、イオン(H+、I-)や水の流路であるイオンチャネルが過剰に膨潤して広がっていました。このため、濃縮対象のH+以外のI-や水も容易に透過してしまい、H+選択性を低下させていることを明らかにしました。
そこで、導電性を高めるためのグラフト鎖を増やしても、イオンチャネルの膨潤を抑制するため、架橋導入によりグラフト鎖同士の連結性を高めることで、イオンチャネルの膨潤抑制を試みました。
架橋グラフト鎖を導入したカチオン交換膜(架橋膜)を製膜し、架橋の効果を検証したところ、溶液吸収による体積膨潤率は未架橋膜と比較して最大で20%低減しており、膨潤が抑えられていることを確認できました(図2)。さらに、HI濃縮試験による膜性能を評価したところ、H+選択性を表すH+輸率が0.1以上増加していました(図3)。これは、EEDで消費されるエネルギーの10%削減に相当する性能向上であり、架橋構造の導入が、HI濃縮に用いるカチオン交換膜の性能向上に有効であることを示しました。
今後は、この技術を活用し、さらに高性能な膜の開発に取り組んでいく予定です。
(田中 伸幸)