3-2 クォークが生み出す核力の斥力芯の起源に迫る

−J-PARCにおけるΣ+粒子と陽子の散乱実験−

図1 Σ+粒子と陽子のスピンが揃った状態の模式図

図1 Σ+粒子と陽子のスピンが揃った状態の模式図

Σ+粒子はuus、陽子はuudのクォーク組成を持ちます。この状態では二つのアップクォークのスピンとカラー自由度が一致する確率が高く、クォーク同士が全く同じ量子状態になることを避けるパウリ効果が働き、結果として2粒子間の強い斥力として現れます。

 

図2 散乱の位相差と粒子間距離の関係

図2 散乱の位相差と粒子間距離の関係

Σ+と陽子の散乱の位相差について今回実験で決定した値とそれによく合致するESC理論による計算結果が示してあります。陽子陽子散乱の位相差と比較すると、核力が引力から斥力へと変化するような0.6 fm程度の距離でΣ+と陽子間には強い斥力が働いていることが分かります。

 


原子核は陽子と中性子(二つをまとめて核子と呼びます)から構成されており、核子の間に働く力である核力がその形成に重要な役割を果たしています。核力は比較的離れているときには引力で、核子が重なり合うほど近づいたときには強い反発力(斥力)へと変化するという性質があります。多数の核子を結びつける役割をする引力は、湯川秀樹博士が存在を予見したパイ中間子などが取り持つ力としてよく分かっています。短距離の強い斥力(斥力芯)は原子核が自らの引力で潰れずに存在し続けるために重要な役割を果たしていますが、どのようなメカニズムで生じるかは分かっていません。

核子をさらに細かく見ると、アップクォーク(u)とダウンクォーク(d)と呼ばれる素粒子から構成されています。核子が重なるほど近づいたときには、核子がクォークにより構成されていることによる効果が無視できなくなると考えられます。斥力芯の起源の可能性がある効果として、二つのクォークが全く同じ量子状態となることを防ぐために斥力が働くクォークパウリ効果があります。ストレンジクォーク(s)という別の種類のクォークを構成要素に含む核子の仲間(バリオン)であるΣ+粒子と陽子のスピンが揃った状態(図1)は、クォークパウリ効果の影響を支配的に受ける状態であると考えられています。この状態の斥力の強さを調べることでクォークパウリ効果の強さを明らかにすることができます。

二つの粒子の間に働く相互作用を調べるために、Σ+粒子を陽子と散乱させる実験を行いました。ここで、Σ+粒子は寿命が80 psと非常に短いため、照射するΣ+粒子を十分な数作ることや散乱が起きた事象を同定することが難しく、従来の研究では精度の良い測定はできていませんでした。私たちは、J-PARCが供給する大強度陽子ビームを利用できるハドロン実験施設でこれまでにない大量のΣ+粒子を生成し、液体水素標的から散乱された反跳陽子を高精度で分析する技術を新たに開発することで十分な量の散乱データを取得しました。解析により、Σ+粒子と陽子の斥力の強さの指標である散乱の位相差を図2のように得ました。核力の様子を表す陽子陽子散乱の位相差と比較すると、核力は0.6 fm前後で引力から斥力へと変化しますが、Σ+と陽子間ではより遠い距離から既に斥力であり、さらに粒子が近づくほど斥力が強くなっていく傾向があることが分かります。

本研究によって二つのバリオンが重なってくるような短距離では、クォークパウリ効果によって核力に比べ数倍大きい斥力が生じていると初めて示され、クォークパウリ効果が核力の斥力芯の起源の一つであることが明確になりました。

本研究は東北大学、高エネルギー加速器研究機構、京都大学、大阪大学との共同研究にて実施され、日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(JP18H03693)「ハイペロン陽子散乱実験によるバリオン間相互作用研究の新展開」、新学術領域研究(領域提案型)(JP18H05403)「ストレンジ・ハドロンクラスターで探る物質の階層構造」の助成を受けて行われました。

(七村 拓野)