廃止措置に向けた研究開発

8-1 チョルノービリ原子力発電所から学ぶ

−1Fの燃料デブリの経年変化を抑える条件とは−

図1 チョルノービリ事故発生直後に確認された「象の足」*1

図1 チョルノービリ事故発生直後に確認された「象の足」*1

1986年に発生した事故により生成した、象の足のような形状の燃料デブリです。放射能が非常に高く、コンクリート成分を多く含んだ、非常に硬いガラス状の黒い溶岩状物質でした。

 

図2 事故発生から10年程度経過後に撮影された「象の足」*2

図2 事故発生から10年程度経過後に撮影された「象の足」*2

図1に示す「象の足」を10年程度経過後に確認したところ、経年変化により崩れ始め、その一部が放射性微粒子として飛散していることが確認されました。

 


2011年の東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故で炉内に生成した「燃料デブリ」は、数十年に及ぶ取出し期間中に経年変化によって物理的・化学的特性が変化し、取出し作業に影響を及ぼす可能性が考えられます。このため、燃料デブリの経年変化を予測することが重要ですが、これに関する知見は、1986年に事故が発生したチョルノービリ原子力発電所4号機(ChNPP-4)のものに限られます。ChNPP-4では、例えば図1に示す「象の足」と呼ばれる燃料デブリが、事故から約10年経過後、図2に示すように経年変化が顕著に進行していることが確認されました。このため本研究では、ChNPP-4の事故によって形成された燃料デブリの経年変化に関する知見を調査、整理し、1Fの燃料デブリの経年変化とその影響について考察しました。

材料の経年変化は、一般的に、物理的、化学的、生物学的なメカニズムの三つに分類されます。物理的経年変化とは、化学的変化を伴わない材料劣化のことで、化学的経年変化は、生物学的影響を伴わない化学反応によって引き起こされるものです。また、生物学的経年変化は、微生物などの生物学的相互作用に起因するものです。

ChNPP-4における燃料デブリの物理的経年変化としては、季節や日々の温度変化によるもの、建屋内の圧力差により生じる気流由来のもの、主にα崩壊による放射線の自己照射によるものが考えられていますが、これらの影響は比較的小さいと考えられています。次に、化学的経年変化としては、放射線により反応性が増した水分との反応によるものが主として考えられ、実際に水分との反応によると思われるウランを主成分とした析出物が確認されています。また、建屋内では多くのカビ等の微生物が確認されており、これによる生物学的経年変化の影響が議論されていますが、詳細なメカニズムについてはよく分かっていません。

これらの知見に基づき、1Fの燃料デブリの経年変化による影響について下記のように考察しました。現在の1F炉内は、不活性雰囲気に保たれており、酸化を抑止し、微生物の増殖を防ぐヒドラジンとともに、連続的に冷却水が注入された非常に安定した条件です。このため、燃料デブリの経年変化はChNPP-4に比べて小さいと予想されます。水中に浸漬した鉄を主成分とする燃料デブリや構造材表面の腐食は一時的に顕著に進むと思われますが、これにより形成される表面の錆の層は、長期的には腐食を遅らせるものと考えられます。また、ウランを多く含む燃料デブリの溶解も限られるものと思われます。

今後、燃料デブリの取出し作業が開始されると、酸素の混入や、滞留水の流れの変動などが発生します。これらは燃料デブリの化学的経年変化を促進し、化学的特性を変化させ、溶解性や放射性核種の移行挙動等に影響を与える可能性があります。このため、取出し作業中の経年変化の影響を最小限に抑えるためには、炉内の雰囲気を不活性に保ち、水流等の変動を抑えること等が重要と考えられます。また、酸素の混入が避けられない場合に備え、酸素の影響を考慮した研究も重要であると考えます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費若手研究(JP21K14568)「微生物を含む液中における二酸化ウラン表面の微細構造変化」の助成を受けたものです。

(北垣 徹)

*1Arutyunyan, R.V. et al., Nuclear Fuel in the “Shelter” Encasement of the Chernobyl NPP, 2010, 240p. (in Russian).

*2石川秀高, チェルノブイリ事故から15年 私たちが学んだこと, IV. 事故現場の今, 日本原子力学会誌, vol.44, no.2, 2002, p.179-186.