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8 福島第一原子力発電所事故の対処に係る研究開発

図1 廃止措置に向けた研究開発分野の概略図

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図1 廃止措置に向けた研究開発分野の概略図

1F廃止措置のため、「炉内状況把握」「燃料デブリの性状分析」「放射線特性評価」「放射線計測・可視化技術開発」「線源・線量率の推定評価」「放射性廃棄物の性状把握」「処理・処分に向けた方法論の検討」の各分野において、一連の作業プロセスの安全かつ確実な実施に向けた研究開発を行っています。

 

図2 環境回復に係る環境動態研究及び環境モニタリング・マッピングの概要図

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図2 環境回復に係る環境動態研究及び環境モニタリング・マッピングの概要図

(a)「環境動態研究」として、森林、河川から海域に至るまでの放射性物質の調査を行い、それらの結果から放射性物質の移動に関する予測モデルや被ばく線量の評価に関するシステムの開発などを行っています。
(b)「環境モニタリング・マッピング技術開発」として、無人航空機や歩行サーベイによる放射線量分布を測定する技術開発を行い、測定結果を統合したデータから被ばく線量評価を行うシミュレーションシステムの開発などを行っています。

 


原子力機構は、燃料デブリ取出し等の技術的に難易度の高い廃炉工程を安全、確実、迅速に推進していくことに加え、住民が安全に安心して生活する環境の整備に向けた環境回復のための調査及び研究開発に取り組んでいます。これらの取組みは、原子力機構の総合力を最大限発揮すべく、原子力機構内の関係部門が連携・協働し、これまでに培った技術や知見、経験を活用しています。また、原子力機構が保有する施設のバックエンド対策等にも活用するとともに、世界とも共有し、各国の原子力施設における安全性の向上等にも貢献していきます。

 

廃止措置に向けた研究開発

福島県太平洋沿岸地域に設置している廃炉環境国際共同研究センター(CLADS)国際共同研究棟、楢葉遠隔技術開発センター(NARREC)及び大熊分析・研究センターの3施設は、東日本大震災及び原子力災害によって失われた浜通り地域等の産業を回復するため、当該地域の新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」(廃炉分野)の一翼を担う施設として、それぞれの役割に応じて廃止措置等に向けた研究開発を行っています。廃止措置等に向けた研究開発として、炉内状況把握、燃料デブリ取出しのための燃料デブリの性状分析及び放射線特性評価、放射線計測・可視化技術の開発、線源・線量率の推定評価、放射性廃棄物の性状把握及び処理・処分に向けた方法論の検討に取り組み、東京電力福島第一原子力発電所(1F)廃止措置に貢献しています(図1)。

はじめに、燃料デブリの取出しを行う上で炉内状況を把握することが重要となります。1F事故から十数年を経過した燃料デブリの物理的、化学的及び生物学的な変化(経年変化)を評価するため、チョルノービリ原子力発電所事故後の状況をレビューし、影響を評価しました(トピックス8-1)。

廃炉作業においては、燃料デブリを安全に取り扱うため、燃料デブリの放射線特性を明らかにする必要があります。そこで、燃料デブリから発生する制動放射X線による線量率の評価手法を検討しました(トピックス8-2)。

廃炉作業における作業者への被ばく低減、廃炉工程検討のため、放射線の種類や線量率、分布を把握することも重要となります。そのため、コア材が液体の光ファイバを用いた90Sr/90Y 及び 137Csの弁別と位置を同時に測定する手法を考案しました(トピックス8-3)。また、作業空間の正確な放射線量率分布を把握するため、深層学習を用いて点群データから自動的に構造物情報を推定する手法を開発しています(トピックス8-4)。さらに、セシウム(Cs)のふるまいを解析するコードの改良及び非鉄構造材料への吸着挙動の実験的解明を行い、原子炉や建屋内のCs分布の解明を行いました(トピックス8-5トピックス8-6)。

高線量の放射性廃棄物を保管する場合、そこに含まれる水分の放射線分解により発生する水素の燃焼・爆発リスクを評価するため、水素の漏えい・拡散挙動と燃焼・爆発に係る数値解析、シミュレーション技術の開発を行いました(トピックス8-7トピックス8-8)。さらに、燃料デブリ取出し時に冷却水を止めた場合、空冷による冷却状態を評価するための解析手法を開発しました(トピックス8-9)。

 

環境回復に係る研究開発

福島県が整備した福島県環境創造センター研究棟(三春町)及び環境放射線センター(南相馬市)にCLADS の研究拠点を設置し、福島県、国立環境研究所及び原子力機構の3機関で緊密な連携・協力を行いながら、環境回復に係る研究開発として環境動態研究や環境モニタリング・マッピング技術開発等に取り組んでいます(図2)。

環境動態研究では、1F事故により環境中に放出された放射性物質のうち、被ばく評価上重要な放射性Csに着目し、環境中における移動や蓄積、生態系への移行などの挙動を明らかにし、科学的知見を分かりやすく提供することで、住民の方々の不安解消、自治体による避難指示解除や農林水産業の復興に向けた計画策定に貢献しています。また、環境中に存在する放射性核種には極微量ながら放射性Cs以外の核種も含まれる可能性があるため、それらの核種を分析する手法が必要となります。

環境中に放出された放射性Csの多くは未除染の森林域に存在するため、河川へどのように移動するのかを明らかにすることが必要となります。特に、生態系への移行で重要となる溶存態Csの生成過程として、土壌粒子からの脱離のほかに、森林域の落葉落枝などの有機物からの溶出を流域水循環モデルに組み込み、137Csの流出現象の解明を進めました(トピックス8-10)。また、土地利用ごとに137Csの流出挙動が異なることから、土地の特性を考慮した予測モデルにより1F事故後30年間の挙動予測を行いました(トピックス8-11)。

137Csを含む河川水や土砂が流入した貯水池や沿岸域では、堆積物(底質)から水への溶出や再懸濁による水生生物への影響が懸念されるため、そのメカニズムなどの把握が重要となります。そこで、貯水池の底質に含まれる水の137Cs濃度と共存するイオン濃度から、底質からの137Cs溶出挙動を考察しました(トピックス8-12)。また、海水中での流速・波浪データから、海底付近の137Csを含む懸濁粒子の発生源を明らかにしました(トピックス8-13)。

環境中に放出された放射性Csが生態系中でどのように長期間保持されるかを明らかにすることは、環境動態を明らかにする上で重要となります。そこで、放射性Csを長期間保持することで知られる地衣類中の137Csのミクロな分布と化学形態を、電子顕微鏡など様々な分析手法を組み合わせて調べ、長期保持の仕組みを明らかにしました(トピックス8-14)。

1F事故では、核燃料由来のプルトニウム(Pu)などが環境中に放出された可能性がありますが、過去のグローバルフォールアウト起源のPuなどとの区別には、同位体組成の把握が必要になります。Puの従来の放射能測定法では、測定干渉核種の分離に長時間を要していたため、ICP質量分析装置を用いた迅速な分析法の開発を行いました(トピックス8-15)。

環境モニタリング・マッピング技術開発では、帰還困難区域の避難指示解除に向けて、空間線量率や放射性物質の分布や、住民の方々の生活行動に基づき、被ばく線量を評価することが重要になります。これまでに様々な機関による被ばく線量評価を網羅的にレビューし、今後の活用に向けて方法、特徴、留意点などを体系的に整理しました(トピックス8-16)。

 

これらの1F廃止措置等に向けた中長期ロードマップのマイルストーンの鍵となる研究開発成果の創出、環境回復に向けた自治体の避難指示解除等の計画立案に資するデータの収集・評価を行い、関係機関へ提供・発信しています。また、地域・教育機関との連携事業やイベント、報道発表を通じ、廃止措置等の取組状況について情報発信・共有することで地元住民等の理解促進に取り組んでいます。さらに、研究開発成果の現場への実装において、地元企業の参加や技術移転の促進を通じ、福島県浜通り地域の技術向上、地域活性化・雇用創出に貢献しています。