図1 分析装置類の組合せにより、地衣類の生体組織内でCsが保持される仕組みを調べた概念図
地衣類(藻類と共生する菌類の総称)は、陸上に広く存在し、数十年以上の寿命を持つ生き物で、大気中から塵や雨水等を通して物質を捉え保持する性質を持ちます。それゆえに生物を用いて環境汚染を調べる観測法(バイオモニター)の一つとして、国内外で使われています。
私たちはこの地衣類(図1)を用いて、東京電力福島第一原子力発電所事故に起因する放射性セシウム(Cs)を含む降下物の性質や空間的な分布を調べるための手法開発を進めています。地衣類がCsを蓄積することは知られていましたが、生体内の「どこ」で「どのような化学形態」でCsを長期間保持するのかは、長年の謎でした。
関連研究では、量子化学計算によって、地衣類中のCsは、地衣類特有の二次代謝物とCs+イオンが錯形成し、安定化する可能性が示されています。また、ウメノキゴケ類は、組織の厚さが数百μmほどで明瞭な層状構造を持ち、産生する代謝物が層により異なるという特徴を持ちます。そこで、組織を層別に分けて詳細なCs分布情報を取得できれば、Cs保持に寄与する代謝物を推定できると考えました。
まず、オートラジオグラフィ(AR)により、地衣類中のCsの分布が可視化された像を取得し、先行研究情報を基にイオン状Csによる「拡がりを持つ分布」と粒子状Csによる「点状の分布」を示す部分に大別しました(図1(1))。これらを5 μm厚にスライスして組織切片とし、それぞれのAR像を再度取得することで、通常の25 μmを超える5 μmの分解能で、組織内の深度方向のCs分布を捉えられました。さらに切片AR像と、色が分かるデジタルマイクロスコープ像を重ね合わせて、詳細なCsと色素の二次元分布像を得ることに成功しました。その結果、イオン状Csは下部組織中の色素(メラニン様物質)沈着部に、粒子状Csは組織の上部や内部に存在することを初めて発見しました(図1(2))。これらの位置情報と、量子化学計算や電子顕微鏡分析等から、Csが長期間保持される仕組みは、
・イオン状Csはメラニン様物質との錯形成による安定な化学構造への捕捉
・粒子状Csは菌糸の成長による組織表面への埋没や組織内部での物理的な捕捉
によるものと推定されました。
今回確立した手法を使えば、降下(地衣類へ沈着)時のCsの化学形態も推定でき、地衣類を言わばCsのレコーダーとして活用できると考えられます。また、福島の環境回復研究で関心の高い同じ菌類のキノコや、山野草などのCs保持の機構解明にも有効と期待されます。
本研究は、国立科学博物館との共同研究の成果の一部で、日本学術振興会科学研究費挑戦的萌芽研究(JP16K12627)「地衣類における金属蓄積・保持機構の解明と放射性汚染物質降下量評価への適用」の助成を受けて実施しました。電子顕微鏡分析は、株式会社日立ハイテク、日本電子株式会社の協力を得て実施したものです。
(土肥 輝美)