図2-8 BWR炉心シュラウドにおける照射誘起応力腐食割れ(IASCC)
図2-9 塑性変形後の照射ステンレス鋼表面の変形組織とひずみ分布
沸騰水型軽水炉(BWR)の炉心シュラウドは、燃料集合体を囲う円筒状の炉内構造物であり、通常運転時において確実に燃料を支持するとともに、冷却水の流路を確保する機能を担っています。ステンレス鋼を溶接でつなぎ合わせた構造の炉心シュラウドは、溶接残留応力が存在する状態で炉内の高温水中で長期間使用されると、結晶粒界を亀裂が進んでいく応力腐食割れ(SCC)が起こることがあります。さらに、炉心シュラウドは燃料から発生する中性子やγ線などの放射線にさらされるため、材料への中性子照射量が高くなるとSCCが促進され照射誘起応力腐食割れ(IASCC)が起こる可能性があります(図2-8)。このように炉内構造物に対するIASCCには、材料、環境、応力、照射といった要因が複合的に関与しているため、個々の要因に関する試験データから得られた知見に基づくメカニズムの解明が必要となります。
私たちは、IASCCのメカニズム解明の一環として、亀裂の先端で起こっている現象を把握するため、照射及び応力を受けたときの材料特性の変化に着目し、中性子照射されたステンレス鋼への荷重負荷に伴って生じる塑性変形を調べる試験を実施しました。試験では、60年運転したBWR炉内構造物の最大照射量付近まで中性子照射されたステンレス鋼から製作した小型の引張試験片に荷重を負荷し、亀裂先端部での変形状態を想定して約2%塑性変形させた後、走査型電子顕微鏡を用いて表面の変形組織の観察を行いました。また、塑性ひずみ量に相当する結晶方位の変化である局所方位差(KAM)を測定し、局所的なひずみの蓄積を定量的に評価しました。その結果、図2-9(a)に示すように、変形によって試験片には直線状の表面ステップが現れました。また、図2-9(b)に示すKAMの分布と結晶粒の関係を詳細に解析した結果、特に結晶粒界において、中性子照射量の増大に伴ってKAMが大きくなる傾向を確認しました。以上の結果は、変形によって高いひずみが結晶粒界に蓄積し、高照射量の条件ほど顕著となることを示しています。
それぞれの試験片から、KAMが大きい結晶粒界近傍を選定し、透過型電子顕微鏡を用いて表面ステップ下の微細組織の断面観察を行いました。その結果、低照射量の結晶粒内には未照射の材料と同様に変形の際に導入された転位網組織が観察されましたが、高照射量では転位チャンネルと呼ばれる局在化した変形組織が認められました(図2-9(c))。このことから、高照射量では転位チャンネルによる局所的な変形によってより顕著な表面ステップを形成し、その表面ステップと交差する結晶粒界にひずみが蓄積する原因となっていることが分かりました。本研究で得られた知見は、より精緻な亀裂進展評価に役立てて行く予定です。
本研究は、原子力規制委員会原子力規制庁からの受託事業「平成25〜26年度軽水炉燃材料詳細健全性調査」の成果の一部です。