図1-8 過酸化水素によるUの溶出反応
図1-9 試料の電子顕微鏡像と反応実験の方法
図1-10 UO2と模擬デブリとの過酸化水素反応挙動の比較
原子炉で使用された核燃料は高い放射能を持つため、水と接触すると放射線作用による化学反応が起こり、核燃料を構成するウラン(U)が水に溶け出すことが知られています。そのため、東京電力福島第一原子力発電所(1F)の燃料デブリでも類似の反応が起きる可能性がありますが、溶融により組成が変化した燃料デブリではどの程度の溶出が起きるのか分かっていませんでした。
放射線作用によるUの溶出は、図1-8のように水の放射線分解で作られる過酸化水素により核燃料表面の4価のUが酸化され、水に溶けやすい6価のUになるために起こります。燃料デブリの酸化劣化を推定するためには、この過酸化水素の反応がどのように進むのかを理解する必要がありました。
今回の研究では、燃料デブリに多量に含まれると考えられるジルコニウム(Zr)の影響を調べました。Zrは核燃料を被覆する材料の主成分で、スリーマイル島原子力発電所事故の燃料デブリにも多量に含まれていた物質です。実験では、図1-9に示すように、模擬デブリとしてZrとUで構成される酸化物を調製し、水中で過酸化水素と反応させ、溶け出してくるUの量を測定しました。その結果、過酸化水素濃度の低下により何らかの反応が起きていることがうかがえるものの、Uの溶出はほとんど見られませんでした。結果の例として、過酸化水素との反応によりUが溶け出してくる様子を二酸化ウラン(UO2)と模擬デブリ(UとZrの比が1:1)との間で比較したものを図1-10に示します。この結果から、模擬デブリ表面では過酸化水素が分解されているのではないかと考え、検証実験を行いました。その結果、模擬デブリの表面では、過酸化水素はわずかにUを酸化するだけで、ほとんどが分解して酸素となっていたことが明らかになりました。この結果から、Zrを含む燃料デブリは放射線作用による酸化に対して高い耐性を持つと期待することができます。
今後は、Zr以外の含有元素についても検討し、燃料デブリの中長期的な化学的安定性に関する基礎研究を通じて、1F燃料デブリの安全な取出しと保管を支援していきます。